RECORD
Eno.769 甘氷 卯ノ花の記録

とぼとぼと道を歩きながら、溜息をひとつ。
まさかこんなことになってしまうなんて、と、何度目かに肩を落とした。
つい先程、卯ノ花はカレントコーポレーションの『インターンシップ生』になることを了承した。
……了承したというか、そうしないと、どうなるかわからないみたいな感じだったから。
だけど本当に、自分は何が出来るわけでもない、普通の高校生だ。
例えばあの叔父のように、専門分野でもあったならよかったが、そんなものがあるわけもない。
特技も、趣味も、特筆することは何もない。
もちろん、『裏世界』で未知の存在を相手にするなんて、到底無理な話だった。

更に深い溜息。もう止まることはないかもしれない。
新生活を始めて早々にこんなことになるなんて。誰が想像出来たでしょう。
うきうきの一人暮らし(と言っても、寮生活ではあるけれど)を満喫するつもりだったのに。
あまり行ったことのないような場所に行ったり、見たことのないものを見たり。
確かに楽しみだったけれど、だからって全然、そういう意味ではない。
この先どうしたらいいのだろう。だって本当に、何も出来ないのに。
神秘に触れた、なんて言われても。触れただけで、自分自身には何も変わったことなどないのに。
変化を望んでいたのは確かだ。
未知のものは面白いと思っていた。
不思議なものを楽しむ、そういう趣味があることは否定しない。
……本当に、どうしたらいいのだろう。
だけど、と、頭の中でふと、冷静な声が言う。
だけど卯ノ花、あなたは心のどこかで、こうなることを望んでいたのではないの?
これまでの生活に不満なんか全くなかった。
優しい両親に、何不自由なく育ててもらった。
きょうだいはいないけれど、年の近い叔父には妹のように大事にしてもらっている。
やりたいことだって、出来る限りやらせてもらえた。
理不尽な目に遭ったことなんて一度もない。
不満なんてあるはずがない。だけど。

ずっとずっと、両親も祖父母も、そして叔父も、自分に隠していることがある。
家族の中に、明らかな秘密があることを知っていた。
その秘密の中心にいるのが、どうやらあの叔父であるということも、薄々勘付いてはいた。
だけど家ではずっと、秘密があるということすらも、秘密にされているような状態だった。
だから卯ノ花は、そのことを誰にも尋ねたことはない。
両親にも、祖父母にも、叔父にも。
もちろん他の誰にも言っていない。ずっと一人で抱え続けたことだ。

神秘。そして裏世界。そのことは誰にも話してはならないのだという。
秘密であることすら、知られてはならないのだ。
その有り様は、なんだかとても似ていると思った。
だから、もしかしたら……と思っている。ほとんど確信に近い予想だった。
――私の家族は、ずっと昔から、神秘に関わりがあったのではないだろうか。

秘匿しなければならないとはいえ、二人とも既に神秘に触れているのであれば、裏世界のことも知らないわけではないかもしれない。
だけど、これはまだ予想の段階だ。もし違っていたら、それこそ大変なことになってしまう。

心配する父を押し切って始めた生活なのだ。
必ず安全で、何の問題もなく、元気にやっていかなければならない。
それは卯ノ花の使命でもあった。そうでなければ、この生活を始めた意味がないのだから。
一人でもちゃんとやっていける。そう証明しなければ。だからこそ。

ぐっと小さく拳を握り、とんとんと胸の上を叩く。
祖母から教えてもらったおまじないだ。
大丈夫、私だって甘氷の女なのだから。
背を伸ばし、顔を上げ、卯ノ花は気合いを入れ直すと、足早に帰路についた。
明日からも、なんでもない顔をしてこの日々を乗り切ってみせましょう。
どうなるかはわからないけれど……やってやれないことはないんだから。
新生活

「……はぁ」
とぼとぼと道を歩きながら、溜息をひとつ。
まさかこんなことになってしまうなんて、と、何度目かに肩を落とした。
つい先程、卯ノ花はカレントコーポレーションの『インターンシップ生』になることを了承した。
……了承したというか、そうしないと、どうなるかわからないみたいな感じだったから。
だけど本当に、自分は何が出来るわけでもない、普通の高校生だ。
例えばあの叔父のように、専門分野でもあったならよかったが、そんなものがあるわけもない。
特技も、趣味も、特筆することは何もない。
もちろん、『裏世界』で未知の存在を相手にするなんて、到底無理な話だった。

「……、……はあぁ……」
更に深い溜息。もう止まることはないかもしれない。
新生活を始めて早々にこんなことになるなんて。誰が想像出来たでしょう。
うきうきの一人暮らし(と言っても、寮生活ではあるけれど)を満喫するつもりだったのに。
あまり行ったことのないような場所に行ったり、見たことのないものを見たり。
確かに楽しみだったけれど、だからって全然、そういう意味ではない。
この先どうしたらいいのだろう。だって本当に、何も出来ないのに。
神秘に触れた、なんて言われても。触れただけで、自分自身には何も変わったことなどないのに。
変化を望んでいたのは確かだ。
未知のものは面白いと思っていた。
不思議なものを楽しむ、そういう趣味があることは否定しない。
……本当に、どうしたらいいのだろう。
だけど、と、頭の中でふと、冷静な声が言う。
だけど卯ノ花、あなたは心のどこかで、こうなることを望んでいたのではないの?
これまでの生活に不満なんか全くなかった。
優しい両親に、何不自由なく育ててもらった。
きょうだいはいないけれど、年の近い叔父には妹のように大事にしてもらっている。
やりたいことだって、出来る限りやらせてもらえた。
理不尽な目に遭ったことなんて一度もない。
不満なんてあるはずがない。だけど。

「……そう。だけど、どうしても、私は知りたかった」
ずっとずっと、両親も祖父母も、そして叔父も、自分に隠していることがある。
家族の中に、明らかな秘密があることを知っていた。
その秘密の中心にいるのが、どうやらあの叔父であるということも、薄々勘付いてはいた。
だけど家ではずっと、秘密があるということすらも、秘密にされているような状態だった。
だから卯ノ花は、そのことを誰にも尋ねたことはない。
両親にも、祖父母にも、叔父にも。
もちろん他の誰にも言っていない。ずっと一人で抱え続けたことだ。

「もちろん、だからって……このことが、それと繋がりがあるかどうかはわからないけれど……」
神秘。そして裏世界。そのことは誰にも話してはならないのだという。
秘密であることすら、知られてはならないのだ。
その有り様は、なんだかとても似ていると思った。
だから、もしかしたら……と思っている。ほとんど確信に近い予想だった。
――私の家族は、ずっと昔から、神秘に関わりがあったのではないだろうか。

「とはいえ……これはさすがに、お父さんにもクロ兄さんにも言えませんね」
秘匿しなければならないとはいえ、二人とも既に神秘に触れているのであれば、裏世界のことも知らないわけではないかもしれない。
だけど、これはまだ予想の段階だ。もし違っていたら、それこそ大変なことになってしまう。

「それに……、……余計に、心配させてしまうでしょうしね……」
心配する父を押し切って始めた生活なのだ。
必ず安全で、何の問題もなく、元気にやっていかなければならない。
それは卯ノ花の使命でもあった。そうでなければ、この生活を始めた意味がないのだから。
一人でもちゃんとやっていける。そう証明しなければ。だからこそ。

「……だったら、どうにか、やってみるしかないですね……!」
ぐっと小さく拳を握り、とんとんと胸の上を叩く。
祖母から教えてもらったおまじないだ。
大丈夫、私だって甘氷の女なのだから。
背を伸ばし、顔を上げ、卯ノ花は気合いを入れ直すと、足早に帰路についた。
明日からも、なんでもない顔をしてこの日々を乗り切ってみせましょう。
どうなるかはわからないけれど……やってやれないことはないんだから。