RECORD

Eno.368 煤掛ヶ原 黎瑛の記録

街の暗がりを歩きながら、帰路についた。
いや、正確にはここはまだ、帰路につく『前』の街並みだ。
クロエは時折顔をあげ、辺りの様子をぐるりと見回す。
あちらこちらになにかいる・・・・・……が、わかるのはそれくらいだ。

「……こういう形で役に立つことがあるとは、思わなかったな」


知覚出来るというだけで、何もしてこないのであれば、こちらも何かするつもりはない。
争う必要がないのに、そんな素振りを見せるのは意味がないことだ。
何の利もないだろう、お互いに。そう意図的に発した思念が、伝わっているのかどうかは知らない。
少なくともクロエには、そこまでを知るほどの能力ESPはなかったので。

そんなことより、だ。

「なに、嬉しいの?
 いいけど、あんまりざわざわしてるとうるさいよ」


長い髪に隠した、右の瞼に触れて呟く。
その瞼の下には、丸い眼球の感触があった。軽く押してみるが、押される感覚はない。
ただ眼窩に嵌まっているだけで、神経が繋がっているわけではないのだから、当然だ。
その『目』が、裏世界に来てからというもの、どうにもざわついて落ち着かない。
ぴくりとも動いたりはしないのだが、高揚しているようだ、とクロエは感じ取った。

「そういう反応をするってことはさ~、やっぱりお前も、元々はこっちのモノなのかな」


呟く。もちろん返事はないが、僅かにざわつきが変化したのがクロエにはわかる。
尤も、わかるのは『変わった』ということだけだ。
それが何を意味しているのかまでは、残念ながらわからない。
長い付き合いだが、意思の疎通が出来ているのかどうかは、未だに怪しいところがあった。
反応があるということは、少なくとも『目』の方では、自分がこうして話す言葉を聞いているのではないかと思うのだが。

「それにしても……神秘管理局ね。まさか、こういう形で関わることがあるとは思わなかったなぁ」


とん、と爪先で地面を蹴る。
周りの気配が僅かに動いたが、その程度で何が起きるでもない。
『目』は相変わらず、珍しいことに、長い時間感情を動かしている。
やはり空気が合うのだろうか。それとも、むしろ嫌がっているのだろうか。
全くわからない。だが、少なくともクロエにとっては、悪いことではなかった。

この場所に来ることを、ずっと望んでいたのだから。
神秘が存在することを許される世界を、ずっとずっと探していたのだから。

「まぁ、おれがやりやすくなるなら、いくらでも協力はするよねぇ。
 別にどこだって構わないけど……首輪がついてると思われた方が、都合は良さそうだし」


くすくすと、喉を震わせてクロエは笑った。
何のことはない、本当に喜んでいるのは、自分自身なのだ。