色々とあって一人暮らしになった私は自暴自棄的に全てを終わらせようとしていた。
悪夢に出てくる少女の魂を殺すことで。全てにケリを付けようとしていた。
ここからは
刺激の強めな内容が続く。
苦手な人は見なくていい。私が
神秘を失って、新たな
神秘を手に入れた。それだけの話でしかない。
①
[][]
[Eno.1379]
2025-07-05 03:08:17
No.3108965
パキンと鈍い音を立て何かが割れた。
この街に来て、この音が響いたのは二度目。
もう修復は不可能だ。
優しさ。良心。思いやり。
そんなものはもう、完全に消え失せてしまった。
辿るは破滅。支払うは代償。
贖い。償い。贖罪。
どれだけのものを支払っても、魂に刻まれたそれらの『記憶』は消えはしない。
︙
「終わらせようか。全部」
戦闘服を着込み、マスクをする。
机に隠していたありったけのナイフを鞄に詰め込む。
それは歪んだ決意。それは日常との別離。それは間違った解決方法。
悪夢との別れ。新たな悪夢の始まり。
これから起こる苦痛の始まりをこの時の私はまだ知る由もなかった。
これは私が紡いできた『記憶』を失うまでの話。
普通の女の子を目指した、普通じゃない女の子の話。
︙
[][]
[Eno.1379]
2025-07-05 03:40:55
No.3110260
︙
静かに部屋を出ていく。
帰る場所を失った私は、もうここには帰ってこれないかもしれないと、
心のどこかで感じながら。
︙
②
水没林の奥深くへと足を踏み入れる。植物の様相が水没林のそれとは打って変わる。
現在の時刻は真夏の早朝だというのに、ここは肌寒い真夜中。
頭上に目をやると澄んだ夜空には星々が広がっている。
真夏のそれとは明らかに違う異質な空間。何度も何度も悪夢として見せられた景色。
「ひとまず、探索を始めよう」
恐らくだが、ここは戦場になる。
相手は刀を持った少女。魔力も扱える。
潜伏からの不意打ちに長けた非力な私では真正面からでは到底立ち打ちできないだろう。
ならば周囲の環境を確認するのは大事だ。
環境を最大限利用せねば、少女の亡霊を殺すことなど不可能。
本来なら話し合いをしてみてもよかったのかもしれない。
悪夢は悪夢でも、悲しみを共有出来るような、同情してしまうような部分もあった。
話し合いで解決出来たのなら、少女の成仏を願い奔走していたであろう。
けれどもう私には他者に優しさを向ける心は潰えてしまった。
だからもう、悪夢を見ないために、終わらせる必要がある。
利用できるものは何でも利用する。
姑息であろうと、卑怯であろうと、相手を殺しさえすればこちらの勝ちなのだから。
「あれは……テントか」
しばらく歩みを進めた先、眼前には野営地があった。
黄色い三角テント。大きさ的には一人分だろう小さいサイズ。
そのテントの前には、パチパチと音を立てながら焚き火が燃えている。
︙
人の気配は当然ながら感じない。ゆっくりと野営地に近づいてみることにする。
歩を進めるごとに焚き火のじんわりとした暖かさが身体を包む……はずなのだが、
いくら近づいても、焚き火を前にしても、熱は感じない。
シースからナイフを一振り引き抜き、恐る恐る火の中に切っ先を刺し入れる。
刃を少し炙り、静かに人差し指を近づける。熱は籠もっておらず、刃は冷たいままだ。
「……」
疑念は残るが視線を横に向け、次はテントの中を覗いてみる。
ジッパーを下ろしテントの中を一瞥。そこには黒いバッグが置いてあるのみ。
中身を改めると干し肉が一切れ。あとは油の入った小瓶と懐紙の束。
あまり知識はないが丁子油や刀拭紙と呼ばれる類のものなのだろう。あとは目釘抜きや、
時代劇で目にしたことがある刀に打ち付ける丸くて白いアレ……打ち粉というものだろう。
それらのセットがバッグの中に大切に仕舞われている。
あの少女の持ち物だということは一目で見て取れる。
少女の使う刀は、よほど大切なものだったのだろう。
自身のプライドとも言うべきそれでの自刃を拒んだのも、
どこか納得してしまうような、大切に扱ってきたという思いを感じ取れる。
私はしばしそれらを見つめたあと、一切れだけ残った干し肉に手を伸ばし、
自身の口へと運んだ。先ほどから頭に掠める疑惑を確かめるために。
「……味がしない」
干し肉でありながら食感は粘土のようにニチャニチャとしており無味無臭。
とても咀嚼に耐えきれず、苦い顔で吐き出す。
しかしこれで疑念は晴れた。この場所は恐らく神秘によって再現された空間であると。
︙
ゲームで例えるならば、恐らくこれらはモデリングされたオブジェクト。
テクスチャーを被せられていることで焚き火や干し肉に見えているだけ。
だが、この刀の手入れ道具一式は、恐らくは本物なのだろう。
手を伸ばし、試しに打ち粉に触れてみる。持ち手を持った感触は木材のそれであり、
白い布で包まれた部分にゆっくりと人差し指を這わすと、サラサラとした白い粉が付着する。
砥石を細かく砕いたものだろうそれを、親指と擦り合わせ、感触を確かめる。
指の油を吸着しているようなサラッとした感触。ベビーパウダーが一番近いかもしれない。
やはり、これらだけはこの空間にあっても本物だ。
刀に賭ける思いのようなものを感じる。
だが逆に考えれば、この要素はテクスチャーを被せられて再現されたこの空間では異質。
少女の亡霊を殺す勝機はここにあるだろう。
「さて、次」
テントから這い出て、視線を辺りに向ける。
この野営地は川辺から少し遠く、周囲は森のように木々に囲まれていた。
次はそちらの探索に移行しようと、私は静かにテントから踵を返した。
︙
③
次に足を向けたのはテントからそれ程離れていない、森のような場所。
森のような、と表現するのは先ほども話したテクスチャーの効果。
よく目を凝らして木々を見るとわずか数パターンの木の形しかないからだった。
そう考えながら歩みを進める。視覚的には結構な広さを感じられはする。
しかしゲームのエリアと同じものだと考えるならば、広大に見えて突き当りは必ず存在する。
前方に片腕を伸ばし、ゆっくりと森の奥に足を向かわせる。
「……ここか」
数分ほど数パターンの木しかない森の中を進み続けただろうか。
伸ばした片腕、その指先に何かが当たる感触で歩みを止めた。
目線ではその先にも森が続いているのに、透明な壁のようなものに邪魔をされて、
これ以上先へは進めない。
興味深く両手を伸ばしその透明な壁に触れてみる。
端から見たらまるでパントマイムでもしているように見えるかもしれない。
押してみても動きそうもない。少し爪を立ててみるも傷一つ付かない。
軽くジャンプして自分の身長よりも高い位置に触れてみても、しっかりと壁はある。
恐らくここがこのフィールドの限界地点。
この森の中に逃げ込み、潜伏と奇襲をかけようかとも思ったが、
木の形に僅かばかりのパターンしかないこの森の中では、
いつ透明な壁に阻まれるかが自分でもわからない。
そうなったら真正面から相手をするしかなくなる。それは避けなければ。
なので、こうする。
シ
ュ
ッ
ナイフを引き抜き、手前の木の表面に目印を刻みつける。
数分眺めてみたが、その刻みつけたナイフの痕が消えることはなかった。
テクスチャーに対して物理的な干渉は可能なようだった。
︙
静かに来た道を戻る。最後の探索場所は、川辺。
あの夢の内容の通りなら、少女が自らの命を断ったのもその辺りだ。森を抜ける。
テントの側に出る。満月の光が視界に入り、思わず空を見上げ、目を細める。
満月。
西洋では満月には人を狂わせる魔力があると云われている。
狼男伝説やLunaticという言葉もそれらによって生まれたものだろう。
私が思うにそれらは半分は本当で、半分は嘘。
この世にはバイオタイド理論というものがある。
人間の体内にも海の潮汐のようなものがあるという説で、
満月の引力が体内の水分に影響を与え、精神や行動に変化をもたらすという考え方。
人間の体内には55%~60%の水分が含まれている。
ならば、月の満ち欠けによる影響を多少なりとも受けていてもおかしくはない。
恐らくテクスチャーで満月だと認識しているこの月にも、
そのような効果はあるのだろうか。それはわからない。
わからないが……先ほどから口にしている少女の亡霊を殺すという言葉も、
ある意味で、狂気じみている。だって亡霊を殺すんだよ?どうやって?
物理的な攻撃は、恐らく効かない。相手は幽霊だ。きっと私のナイフはすり抜けていく。
精神的な攻撃……それならば可能だ。あの黒いバッグに仕舞ってあった刀の手入れ道具。
それを少女の目の前で壊してしまえばいい。きっと動揺を誘えるはずだ。
︙
「……それ以外にも、ある」
神秘の行使。左眼に宿ったこの能力で相手を視て、どうにかする。
魂を視て、その性質を視て、それからどうする?
私の神秘は相手を視るだけ。直接的に攻撃する手段ではない。
物理的な肉体を持たない相手の神経経路を視ることも不可能かもしれない。
「一つだけ……方法はあった」
思いついてしまった少女の亡霊を殺す方法。
それはあまりにも滅茶苦茶で、危険を伴うもの。
下手したら私の精神がすり減り、壊れてしまう方法。狂気的な蛮行という他ないだろう。
……これは最後の切り札にしておこう。
再び満月を見やり、今度は目を細めることなく睥睨する。
狂気というものがあるとするならば、それは月なんかの影響で出るものではない。
人間の思いつきと、それを実行に移してしまう行動力だ。
人間の狂気が一番恐ろしいんだということを、亡霊に叩きつけてやればいい。
死んだ人間よりも生きている人間の方が強いに決まっている。
それを証明すればいいだけのこと。今はそう自分を鼓舞するしかない。
そんなことを考えながら、私は川辺まで歩みを進めた。
夢の内容通りなら、ここのどこかで少女は息絶えたはずだ。
︙
④
しばらく川辺を進む。ゆっくりと見慣れた景色が近づいてくる。
遠目に見える木々の並び。草木の情景。緩やかに流れる川の音。
木々に囲まれているのに響いてこない虫の音。頭上からこちらを照らす満月の位置。
何年も強制的に夢で見せられてきた景色。
「ここだ……」
静かに立ち止まる。完全に脳内にこびりついた情景。
それが今、自分の目の前に広がっている。
それを裏付けるように目に飛び込んでくるのは、あの少女が握っていた一振りの刀。
地面に突き刺さり、静かに月光に照らされ、その刀身は陰影を携えていた。
刃長は二尺三寸程度。一般的な打刀なのだろう。特段変わった様子は感じられない。
だが、この刀は少女のプライドそのものだ。自らの命を断つ手段に選ばない程度には。
何度も夢で見せられ、自分の心にも響いてきた情念。彼女の本質でもあるのかもしれない。
それが目の前にある。恐らくは先ほどの手入れ道具と同じくこちらも本物なのだろう。
「……」
一瞬、手を合わせそうになる。それに気づき、身体を強張らせる。
まだ私の中に残っていた良心というものが、優しさというものが、
無自覚に身体を動かし、これから殺そうとする相手に対して、礼節を持とうとする。
それらの私の駄目な部分を振り切り、左眼に力を込めて、じっと刀を神秘発動。
︙
地面に突き刺さる刀の側の空間を視る。徐々にその持ち主の輪郭が浮かび上がってくる。
ローツインテールで纏めた栗色の髪。それに被さった黒い帽子。
本来は丸みを帯びた瞳だったのにその道程により鋭くなってしまった緑色の瞳。
白いブラウス。その首元は黒いネクタイで締められており、
赤チェックのプリーツスカートから伸びる足は焦げ茶色のブーツへと伸びて、水辺の大地を踏みしめている。
年の瀬は私と同じくらいか、もしくは少し下だろうか。
その表情は暗く、瞳もそれに応じて深く思い詰めたもので、
これから彼女が行う行為を予感させる絶望感に包まれている。
その浮かび上がってきた少女の名前が左眼を通じて脳に浮かんでくる。
けれどそれを口にする必要性も感じない。
なぜなら、これから殺す相手について不要な情報だからだ。
悪夢と言えど、胸に響いてきた絶望感と無力感。
刃を向けるのならば、それらの情なんて邪魔なものは捨てなければならない。
果たしてこれでよかったのだろうか。
もっと別の解決方法があったのではないか。
どこか後悔にも似た気分と罪悪感めいたものを感じながらも、
私は鞄からあるものを取り出し彼女の目の前に差し出し、
シースから取り出し、その刃を見せつける。
自刃を始めようとでもしていたのだろう彼女の動きが止まり、静かにそれを見つめる。
差し出したのは私の持つ神秘遺物。彼女が刀ではなく自害するために選んだ自分の弱さ。
私はおもむろに、それをシースに仕舞い込み、自身の腰へと隠すように装着する。
︙
「ムカつくんだよッ!
勝手にお前の死に様なんてもん見せつけやがって!
我慢してたけどな、ずっと私はイライラしてたんだ
何年間も!お前のつまらない夢を見せられて!」
「私に何を期待していたんだ?
どうされたかったんだ?
もうお前の身勝手さに付き合っていられるかッ!」
「対話なんていらない!
優しさなんて邪魔なもん見せるかよ!」
「だから今日、ここで殺してやる!」
「お前の『記憶』を壊してやる!」
眼前の亡霊に罵声を浴びせる。
ずっと胸の内に溜まっていたものを吐き出す。
それはたぶん、私の中にあった大切だったものを否定する言葉のようにも思えて、
もう後戻りは出来ないのだと、叫んでいるはずなのに冷静に考えていた。
私にとっての、彼女にとっての、終わりが始まる。
︙
次の日記に続く。