少女は私の挑発に何の反応も示すことなく、
何かを求めるようにゆっくりとこちらに手を伸ばしてくる。
恐らくは私が腰に隠した神秘遺物を欲しているのだろう。だがそうはさせない。
意地悪をするように身を翻し、その伸ばしてきた手を遠ざける。
相手は幽霊なんだ、別に触れられても身体をすり抜けるだけで終わりそう。
しかし挑発を無視されたことにイラッときた私は、シースから普通のナイフを引き抜き、
少女の胴体目掛けて振りかぶる。無論、空を掠めるだけで当たりはしない。
「幽霊だもんね、物理的な干渉なんてそりゃ無理に決まってる」
「……なら、これはどうかな?」
少女の首元目掛けてナイフを突き立てようと腕を動かす。
するとどうだろうか、自身の首を守るように急いで手を置き一歩後ずさる
その暗い瞳がやっとこちらの顔を見据える。
「やっぱそうなんだ。そこがお前の弱点。精神的なウィークポイント」
指でナイフを回し、相手の目を見つめ煽るように言い捨てる。
言葉が通じていないのなら相手の精神に訴えかけるのみ。
なんせ目の前の少女は自殺を選んだ心の弱い人間だ。
死してもなお精神的な脆さがあるに決まってる。
狙うならそこしかない。
「はい。じゃあ、次はこれね」
言うが早いか私は素早くナイフを首元目掛けて投擲。
瞬間、キン、という鈍い金属音と共にそれは弾かれる。
少女は圧倒的な反応速度で地面に突き刺さった刀を引き抜き、私の攻撃を弾いていた。
後退して距離を取る。
少女は刀を構え、殺意を含んだ暗い瞳でギロリとこちらを睥睨している。
「あはは、やっと挑発に乗ってくれた。今から殺すからね」
二撃目、戦闘服の内側に仕込んだシースから抜き取る勢いを加算した上手投げ。
少女は咄嗟に刀を振り上げ、それをも楽々と弾き返す。
二人の間で金属音が響き、周囲に木霊する。
どこかの場所を冒険してきただけあって、自身を弱いと嘆いていたわりには、
それなりの強さを秘めているように感じられる。
じっとこちらを見据えたその堂々とした佇まいからは、彼我の差を感じざるを得ない。
不意打ちで雑魚ばかり狩ってきた私とは踏んで来た場数の違いを感じさせる。
だが、こちらには神秘遺物がある。その効果は身体能力の強化。刃物全般の扱い方。
そして最大の効果は不死性の付与。
いくら物理的にこの空間に存在する刀であっても、私を殺すことなど不可能。
このままジワリジワリと少女を精神的に追い詰めて追い詰めて、
一方的なワンサイドゲームだって可能なはず。
「もっと本気出してきなよ。
そんなんじゃ大切なもの取り返せないよ?」
赤く煌めいた目を細めてマスクの下でニタニタと笑う。
そんな私の挑発が余程効いたのか、少女は聞き取れないほど小さく何かを囁いた。
その刀身に淡い光が灯る。刀に魔力の層が形成されていくのが左眼を通して視える。
夢で何度も見せられた少女の戦い方。それが今、目の前に迫っていた。
薄緑とした淡い魔力光を帯びた刀身が月夜に照らされる。
ゆっくりと、しかし確実に、少女の刀がその頭上へと持ち上げられていく。
その動きは一切の淀みがなく、まるで元からその場所に刀があったかのような錯覚を覚える。
八相の構え。
その古式ゆかしい構えは、ただ刀を構えているのではなく、
少女自身が巨大な刃と化したかのような威圧感を放っていた。
その瞳は得物を狙う猛禽類かのように、しっかりとこちらの存在を捉えている。
冷や汗が流れる。だが後退した私との距離はおよそ数メートル。
斬撃は届くはずはない――そう思ってしまった一瞬の油断。
刹那、地面を踏みしめ、まるで弾丸が放たれたように一気に距離を詰められる。
八相の構えから刀を振りかぶり、私の左肩を目掛けて斜めに振り下ろされる。
瞬間的な袈裟斬り。刃が空気を切り裂く音が聞こえた瞬間、咄嗟に身をよじる。
「……痛ッ」
なんとか直撃は避けられた。だが鎖骨の下辺りを刃が掠め、血が吹き出す。
叫びだしそうなほどの激痛が襲う。額から一気に汗が滲み出る。
同時に私の左腕は力なく垂れ下がった。
少女の斬撃は、私の腕神経叢を斬り伏せた。
腕神経叢。
頸椎から出て、鎖骨の下を通り、肩から腕にかけて広がる大きな神経の束。
橈骨神経、正中神経、尺骨神経など腕や手の全ての主要な神経はここから分岐している。
簡潔に言えば、一太刀で左腕の機能を封じられた。
私が避けられることを想定した相手の弱体化を狙った一太刀だったのか、
それとも一太刀で命を奪うつもりだったのか……わからない。
だが悠長に思考に耽る暇はない。
奥歯を噛み締め、今にも叫びだしそうな激痛を堪えながら、私は森の奥へと走り出した。
今は隠れて傷の回復を狙う。
