RECORD
帰還の道標
その日、アヤメは各地のパトロールを終え、
休憩がてら湖畔の近くを歩いていた。
この地はアヤメが初めて北摩に降り立った場所。
突然の渡りによってここにやってきてから、
数ヶ月の月日が流れていた。
「変わらないな、ここは。
いつ見ても同じ風景だ」
ふう、とため息を一つ吐く。
アヤメはこの場所であるものを探していた。
空間の揺らぎ……世界と世界の境界線が霞み、
世界間の隔たりが薄くなっている場所。
そういった場所には世界を渡るための"ゲート"が生じる。
アヤメの常識ではそうだった。
「……そういえば、こっち側はまだ見てなかったな。
どうせ暇だ、見に行ってみるか」
揺らぎさえ見つかれば、元の世界に帰る希望が見えるのだが。
未だ手掛かりが見つからぬ状態で、落胆と諦観に包まれていた。
→
>>3870405
「……やはり何も無いか」
まだ未探索だった場所も探し歩いたが意味はなく。
ただ無意味な時間が過ぎていくばかり。
今日はもう帰ろうか──そう思って踵を返した時。
こつり、と。靴先に何か当たる感覚を得た。
なんだと思ってしゃがみ込んで見てみると、
そこにあったのは網目状の模様の入った球体。
「……なんだ?」
気になったので拾って調べてみると、
不明な金属素材でできたおもちゃのような球体だ。
幾つかの出っ張りがあり、押すことができる。
用途はどう眺めてもよく分からない。
本来であればこんな物は無視しておくのだが、
好奇心があったのか、妙な確信があったのか。
アヤメはその出っ張りの一つを押し込んでみることにした。
少々硬い感触ではあったが、カチリと音を立てて押し込まれる。
→
>>3870416
「────!」
刹那、周囲が一変する。
押し込んだ瞬間、球体を中心にぐわりと空間が歪む。
周囲は不安定な状態になり、世界の隔たりが薄くなるのを感じる。
驚いたアヤメはもう一度同じ出っ張りを押し込んで、
その効果を打ち消そうと試した。
すると、ゆっくりと空間は元に戻っていき、
しばらくも経たないうちに再び元通りになった。
「……これは一体。
この装置は……世界を繋げようとしていたのか?」
完全に繋がる事はなかったものの、
大きな揺らぎを作ることができる装置。
明らかに人智を超えたアーティファクトだ。
……オーナーに提出するかどうか、考えた。
これを使えば完全とはいかなくとも、
他世界と一時的に繋ぐ事は出来るのではないだろうか。
そうすればきっと、仲間たちの元へ帰ることができる。
→
>>3870421
……とりあえず、持ち帰る事に決めた。
オーナーにはまだ話さない。
これを渡したらきっと神秘を抜かれてしまうだろうから。
まだ、自分の物として持っておく。
幾つか世界を渡る案は思い付いている。
それは他者の協力を必要とする物だったが、
これ単体で使えない以上仕方のない事だった。
一番信頼のおける相手は、今は傷心中。
頼むにしても、まずはそれを治してから。
拒まれた場合は……どうしようかと考えてしまうけれど。
ひとまず一歩、前進だ。
……例の遺物を見つけてから数日が経った。
あれから色々と調べてみたが、例の場所でこの遺物を使うことで『意図的に世界の隔たりを薄くすることが可能』だと分かった。
これが何処由来のものか、ずっと使えるものなのかは定かではないが。
少なくとも、帰還に繋がるものだとは理解している。
あそこまで空間を捻じれさせれば、きっかけがあれば他の世界へのゲートが開くだろう。
オーナーの本の力、あるいは空間を移動する神秘……誠の送る力など、そういったものがあれば。
ただ、今本当に帰るべきなのかという悩みがある。
戦いのために備えなくてはならないし、誠も精神が不安定な状態だから……私が居なくなって良いのかという悩みが。
この世界に来て、大切にしたいものが出来てしまった。
それを後悔している訳では無いが……この世界から離れる選択を取ることが出来ずに居る。
少なくとも、今は帰るべきではないと思える程に、ここでの生活が大切だ。
……このまま、復讐心すらも無くして彼と共に生きていけたらどれほど楽なことか。
……しばらくは、誰にも話さずに過ごそうと思う。
誠の事も心配だし、メリカや竜ヶ崎のことも鍛えないといけない。
私が世界から居なくなっても良いように、行動しなければ。



