RECORD

Eno.96 加瀬秋日佐の記録

7月第4週


近頃は珍しい一人きりの家の中。
ソファに座って折り返しの電話を掛ける。
少しの後に呼び出し音が切れて、人の声。

「あ、オカン?元気元気。ちゃんとしとるわ~。
飯も食うとるし、夏バテもしとらん」

「夏休みやけど忙しいなあ、流石に。全然休みちゃうわ。
去年と同じ同じ。そ。せやなあ、流石に落ち着かんから帰らん」

「そら、そう」

「あはは、や?こっち来て良かったわ」

「あーはいはい。わかったわかった……わかっとるって!
ほんならもう切るで、また」



苦笑してスマホを机の上に放りやる。コンと音が鳴る。
くったりとソファに身を投げ出して、風鈴を見上げた。
全てが移り変わっていくのを見た。見るばかりだった。
立ち止まればどうなるのかと、そう確かに怯えていた。

しばしば金属の擦れる音が聞こえては、いずれかを手放せば良いと囁かれる。
脇に放って耳を塞いでいた。後回しで良い。己のことなど見ている暇はない。

世界は目まぐるしく変わって、知らぬ間に何かを取りこぼして。
増え続ける己の感情が思考を搔き乱してどうにもならなかった。


立ち上がって風鈴を指でつつく。
ころん。
丸い音色が少し大きく響く。

知らぬことばかりが満ちている。
己も、他者も、世界も。
立ち止まってもまだ夏は終わらないらしい。
そう信じても良いだろうか。