RECORD
Eno.896 百堂 巡の記録
「静かすぎないですか? やっぱり」
「先生も思うんすかソレ」
「言ってなかったけど思ってます。何なんでしょうね」
首無の生徒の言葉に頷いて講師は大袈裟に肩をすくめる。
in裏世界、百堂塾。
裏世界と言えば犬も歩けばとりとかとうふに当たるのが常だと言うのにびっくりするほど静かなのである。ここに来る前だって迷子に標識だけで案内をしているが、普段だったらもうちょっと安全に配慮するところだ。
「でもね」と声を上げたのは机の上に丸まっていた猫又だ。
「静かとは言うけどニンゲンが増えてるってね。アタシも昨日その辺歩いてたらかつおぶしもらったの」
「ちゃっかり餌付けされてんじゃん、いいのかよそんな堂々と人間に関わって」
「猫の本能だにゃーん」
「お前普段ニャンとか言わないだろ」
わやわやと2人(1人と1匹?)の間で交わされる言葉の中には物騒な言い回しだの人間に対する敵意だのは無い。
この塾の生徒であるということは人間社会へ溶け込むだけの理由や興味や好意があるということだ。それが分かっているので、講師も生徒たちの雑談を半分聞き流しながら今日の分の教材をぱたぱたとまとめている。
「表でなんか裏が噂になってたりはしないんすか?」
「しませんね。大学とかも相変わらずですよ、ザリガニの話は何処かで流行ってましたけど」
「ザリガニ? なんで?」
「ニンゲンってザリガニ好きね」
「主に男児が好きですねえ、あと理由は僕も分かりません」
つまりは神秘管理局やカレントコーポレーションが上手くやっているのだろう。そう言えば、裏世界のラウンジで途方に暮れていた誰かさんもカレントコーポレーションに行きたがっていたのだった。
ちらりと腕時計を確認する。
こちらとあちらの時間差も込み込みで、2限に間に合うように帰らなくてはいけない。
「センセーはこれからニンゲンの学校でお勉強なのね」
「そうですよ、生徒になりに行きます」
「忙しすぎじゃん?」
「忙しいくらいでいいんですよ。24時間働けちゃうのが先生なんですから」
黄色と黒が印な某栄養ドリンクのCMが頭をよぎってそのままどこかに消えていく。
聞かなくなったなあ、あの曲。現代であんなものをテレビで放映したらパワハラとかやりがい搾取とかで多方面から叩かれるであろう。世知辛いと言うべきか人間の余暇に優しい世の中になったと言うべきか。
「それじゃ、今日の補講はこれで終わりです。次回はコピー機の使い方ですね、実際にラジオプロムナードまで行って試させてもらいましょう」
「うす」
「肉球コピーできるのかな」
「できますよ、でも爪は切って来てくださいね」
のそのそ教室を出ていく首無に続いて、んなんと返事をひとつした猫又も帰っていく。ご機嫌にぴんと立っている尻尾も消えてから講師も廊下へと出た。
「……反動とか無いといいけどなー……」
朝とも夜とも言えない空を見上げて嘆息をひとつ。
とりあえず油断してわらわら湧いたトウフにぶつかったりしないようにしようとほんのり気を引き締めて、ひとまずは青空の下で待つ教室へ向かうために歩いていった。
d03.嵐の前だったりして
「静かすぎないですか? やっぱり」
「先生も思うんすかソレ」
「言ってなかったけど思ってます。何なんでしょうね」
首無の生徒の言葉に頷いて講師は大袈裟に肩をすくめる。
in裏世界、百堂塾。
裏世界と言えば犬も歩けばとりとかとうふに当たるのが常だと言うのにびっくりするほど静かなのである。ここに来る前だって迷子に標識だけで案内をしているが、普段だったらもうちょっと安全に配慮するところだ。
「でもね」と声を上げたのは机の上に丸まっていた猫又だ。
「静かとは言うけどニンゲンが増えてるってね。アタシも昨日その辺歩いてたらかつおぶしもらったの」
「ちゃっかり餌付けされてんじゃん、いいのかよそんな堂々と人間に関わって」
「猫の本能だにゃーん」
「お前普段ニャンとか言わないだろ」
わやわやと2人(1人と1匹?)の間で交わされる言葉の中には物騒な言い回しだの人間に対する敵意だのは無い。
この塾の生徒であるということは人間社会へ溶け込むだけの理由や興味や好意があるということだ。それが分かっているので、講師も生徒たちの雑談を半分聞き流しながら今日の分の教材をぱたぱたとまとめている。
「表でなんか裏が噂になってたりはしないんすか?」
「しませんね。大学とかも相変わらずですよ、ザリガニの話は何処かで流行ってましたけど」
「ザリガニ? なんで?」
「ニンゲンってザリガニ好きね」
「主に男児が好きですねえ、あと理由は僕も分かりません」
つまりは神秘管理局やカレントコーポレーションが上手くやっているのだろう。そう言えば、裏世界のラウンジで途方に暮れていた誰かさんもカレントコーポレーションに行きたがっていたのだった。
ちらりと腕時計を確認する。
こちらとあちらの時間差も込み込みで、2限に間に合うように帰らなくてはいけない。
「センセーはこれからニンゲンの学校でお勉強なのね」
「そうですよ、生徒になりに行きます」
「忙しすぎじゃん?」
「忙しいくらいでいいんですよ。24時間働けちゃうのが先生なんですから」
黄色と黒が印な某栄養ドリンクのCMが頭をよぎってそのままどこかに消えていく。
聞かなくなったなあ、あの曲。現代であんなものをテレビで放映したらパワハラとかやりがい搾取とかで多方面から叩かれるであろう。世知辛いと言うべきか人間の余暇に優しい世の中になったと言うべきか。
「それじゃ、今日の補講はこれで終わりです。次回はコピー機の使い方ですね、実際にラジオプロムナードまで行って試させてもらいましょう」
「うす」
「肉球コピーできるのかな」
「できますよ、でも爪は切って来てくださいね」
のそのそ教室を出ていく首無に続いて、んなんと返事をひとつした猫又も帰っていく。ご機嫌にぴんと立っている尻尾も消えてから講師も廊下へと出た。
「……反動とか無いといいけどなー……」
朝とも夜とも言えない空を見上げて嘆息をひとつ。
とりあえず油断してわらわら湧いたトウフにぶつかったりしないようにしようとほんのり気を引き締めて、ひとまずは青空の下で待つ教室へ向かうために歩いていった。