RECORD

Eno.139 浮季草 斂華の記録

気が付かないフリをしていた

 もし男に戻ったとしても、元から男だったことになる訳じゃない、ということ。
 だって、自分が変わったとしても、他人は、世界は変えられないし、変わらないんだから。

 仮に、元から男だった事になって、何の違和感もなくなったとする。
 もしそうなったとしたら、当然記憶も無くなるから、今の自分が正常なのだと気がつく筈もないんだ。

 もし、平行世界説が正しくて、男から女に変わったという認識を残したまま、元の男だった世界と身体に戻れたとする。
 でもそれは、新たに"女子として過ごした経験のある"男が生まれるだけ。
 既に、相手が男子であるだけで感じる恐怖を知っている自分は、女子に対してどう接すれば良いのか?思春期を飛ばした男子は適切な距離感を測れるのか?
 そう、記憶を残した時点で、もう元の男だった斂華に戻ることはできない。

 そして、何よりも、"今の斂華"を知っている人はいなくなるし、"今の斂華"もいなくなる。
 家族も、友人も、何より、"今の斂華"をまた奪ってしまう事になる。
 平行世界に置いていく人なんて気にするな、って言われたらそうかもしれないけれど、そう割り切れたらこんなに苦しんでいない。

 ──だから、

「今の"私"だからできた友達を、無くしたくない。」

 そう思うのは、そんなにおかしな事だろうか。

 だから、もう気が付かないフリはやめよう。
 どんなに男だったことを捨てたくころしたくなくても、"今の斂華"を捨てたいころしたいとも思ってないってことを。