RECORD
九通目 トランクケース
お兄ちゃんへ
すごく大きいお買い物をしてしまいました。
ちゃんと自分で、裏世界でためたお金で買ったんだけど71200CRもしました。
安全のために着るものだけど、よごすのが怖いです。
でも、─────
封筒をクリアファイルから取り出して、宝箱代わりの小さなトランクケースに移し替える。
今まで書いた手紙の上にまたひとつ、どこにも届かないそれを重ねて置いた。
そうしていつものように、蓋を閉めて鍵をかけた。
お兄ちゃんへ
おさんぽくらぶで夜のお散歩に行きました。
広場で星を見てから川にホタルも見に行って、どっちもすごくきれいでした。
夏の大三角形とか、星座のことを教えてもらいました。
どの星がどれかは─────
宛先には『お兄ちゃんへ』の六文字だけ。封筒の裏には日付を記して。
両親が帰る前に、誰もいない静かな家で手紙をトランクケースの中へ片付ける。
また、蓋を閉めて鍵をかけた。
お兄ちゃんへ
家の近くの商店街でお祭りがありました。
最初は一人で行ったんだけど、とちゅうから友達といっしょに回ってきました。
やっぱりだれかといっしょの方が楽しいね。
かき氷を自分でけずれるお店があって、─────
届くはずがない。だって、宛先なんて存在しないのだから。
読んでもらえるはずがない。だって、受け取る相手はいないのだから。
一通、また一通と行き場のない想いが積み重なる。
誰にも見つからないように、蓋を閉めて鍵をかけた。
お兄ちゃんへ
裏世界で会った人たちとキャンプに行きました。
会ってすぐの人とテントにとまるのは初めてだったけど、すごく楽しかったです。
晩ご飯はやみカレーで、すごくのびて、食べたことないものも入ってておいしかったです。
大ふごうとか、トランポリンもして─────
多感な時期、思春期と言われる年頃だ。
自分のことに学校のこと、家のこと。悩みごとなんていくらでもある。
裏世界にも関わって、秘匿だ対処だと現実離れしたことで奔走して。
些細な悩みも、自分にとっては深刻な悩みも増えていく。
だけど、これは悩みごとなんかじゃない。
ただ消えたあの人に話を聞いてほしいだけ。
ただ自分が消したあの人にまた会いたいだけ。
こんなものは、叶うはずのない我儘だ。
だから、蓋を閉めて鍵をかけた。
お兄ちゃんへ
夏休みが始まりました。
中等部初めての一学期はすごく長かった気がします。
ご飯を外で食べることが増えて、週末にたくさんお散歩とBBQに行って、
お兄ちゃんに聞いて欲しいこともすごく増えて、去年よりたくさん書いちゃったね。
今日は久しぶりに、外でこの手紙を書いています。
暑いから図書館とかにしようかなって思ったんだけど、
たまたま会った人がすごく大きな木があるって教えてくれました。
ちょうどベンチもあって、広いかげが出来ていて風が気持ちいいです。
おひさまは強くて暑いけど、─────
悩みは人に話せば楽になる。聞いてくれる優しさは嬉しく、その言葉にも救われる。
だけど、我儘は自分だけで抱えればいい。
解決なんてしない。罪の意識が軽くなってはいけない。……なりたくはない。
普段使いの鞄を開けて、今日書いたばかりの手紙を取り出した。
犬のシールを骨や肉のシールで囲んで飾りつけた封筒が新しく積み重なる。
いつもの通り、蓋を閉めて鍵をかけた。
手紙を詰める。
蓋を閉めて鍵をかける。
手紙を詰める。
蓋を閉めて鍵をかける。
手紙を詰めて、
詰めて、
詰めて、
詰めて、
詰め続けて。
クローゼットの奥深く、
誰にも届かない手紙は誰にも見えない暗いところへ。
蓋を閉めて、鍵をかけた。