※本Recordは『北摩アザーサイド怪奇譚』メインストーリーの二次創作です。
文章内にあるすべての物語・設定・人物・その他は非公式のものです。ご注意ください。
──裏世界の道路は舗装が荒れているため、車内が揺れる。
抉れたアスファルトを大型のタイヤが踏み越え、砕けた石を跳ね上げる。そのたびに隊員たちの装備が揺れ、エンジン音に混じってポリマーパーツや金属、プレートのこすれ合う音が響いた。
対神秘反応装甲APCの後部席には、武装済みの分隊員が総勢8名。車体が揺れても、誰一人として声は出さない。
皆、こういった事態の為に何日も何年も訓練を続けてきた。
今戦場に赴く時にあって。しかしその静寂は実戦に投入される恐怖や緊張から来るものではない。分隊長である男や運転手も含め、誰一人として恐れは抱いていなかった。
«ノジマ班、ポイントCにて敵ダウザー部隊と接敵。車両破損。戦闘開始»
«アリノ班、ポイントCへ急行せよ»
«アリノ班了解»
各員が装備している無線機へと通信が走る。隊員の一人が手に持つ武器のハンドガードを力を込めて握りしめた。
男は何も言わない。部下たち全員に感情の制御法は叩き込んである。今の彼らは自らに課せられた作戦を完璧に遂行するための、冷徹で無比かつ柔軟に思考する機械だ。
仲間たちの緊急事態であろうと冷静に対処。任務の優先順位を常に考慮せよ。
男は自分たちが座っている座席の最も奥、そこに座る……或いは拘束されている人物を見た。それこそが彼らに与えられた指令の要だ。
白と紺を基調にしたセーラー風のツーピースに身を包む少女は、手と足を鋼鉄の錠で座席に縛り付けられていた。その目はバンドで縛られ隠されて、目的地に到達するまで一切周りの様子が伺えないようにされている。
異様な光景だった。それはまるで、昔見た恐竜映画にあったワンシーンのよう。
あまりに獰猛な恐竜を過剰なまでに拘束して輸送する、男たちはその登場人物であるかのようだった。
しかし、少女は人間だ。少なくとも外見はそう見える。背丈は中学生になるかどうかという見立てで、男に娘が居たなら丁度これくらいの歳だったかもしれない。
否応なくこみ上げてくる罪悪感と、それでも落ち着き払った様子の少女に感じる気味悪さを押し込めながら。
男は、運転手が通信を入れる声を聴いた。
«サトウ班、ポイントD'通過。到着予定時刻ヒトヒトマルゴ»
ふと、男はもう一度。視線をずらして、拘束された少女を見やる。その少女が口の端を緩めて微笑んでいるのを見、強烈な悪寒が背中を走り抜けた。
「──車を止めろ!!」
閃光。爆発音。身体の中身がふわりと浮く感覚と、直後に襲い掛かる強烈な衝撃。
口の中で鉄の味がして、それから男は自分が車内の床に叩きつけられ倒れていることに気付くのに、数舜の時を要した。
「コンタクト、コンタクト!!」
運転席のほうから怒号が聞こえる。俄かに慌ただしくなる車内。後部ドアに一番近い隊員がひしゃげたドアを蹴り開け、そのドアを遮蔽にしながら車外へ出て他隊員のカバーをする。
「“ロングアーチ”だ!
狙撃手がいる!」
断続的な銃声。隊員のものだ。
発射しているのは神秘減衰のスティグマが刻印されたロックソルト弾で非殺傷だが、この国でそんなものが撃てるのはひとえにここが裏世界の深部であるからこそだった。
「スモーク投擲!」
「動け、動け!」
車から脱出し、男たちは手近な遮蔽に隠れて状況の整理を試みる。
「頭を低くしろッ」
「車両は」
「ダメです!」
ダウザーたちの待ち伏せと襲撃。作戦内容が漏れていた?
いや、と男は考え直す。敵の予定採掘地点に変更があったのだ。
«サトウ班、ポイントD'にて接敵。現在交戦中。“オンバシラ”を発見。命令を求めます»
遮蔽越しにでも、その巨大な重機はしっかりと見て取ることができた。
“オンバシラ”。そう名称されたそれは、建築用の三点式大型杭打機をダウザーたちが改造したものだ。
北摩川源流地下に流れる神秘エネルギーに衝撃を与えることでそれを急激に活性化させ、神秘氾濫を引き起こしている。今回のメインターゲットであり、男たちの目的地でもあった。
ノイズ交じりの通信が帰ってくる。
«サトウ班は現在地にて監視対象100-aを解放。作戦通り命令せよ。
のち“オンバシラ”が破壊されるまで現状を維持»
局からの命令通信に、応戦を行いながらも分隊員に僅かな動揺が走る気配があった。男は僅かな時間で思考を纏める。近くにいた仲間の肩を叩き、彼の再装填が終わるまで牽制射撃を交代した。
「俺がAPCに戻ってアレを解放する。援護しろ」
「了解」
再び位置を交代する前に、男は部下にそう命令する。分隊員たち全員に命令が飛び、うち二人が再び硝煙手榴弾を構えた。
「撃て!」
遮られる視界に、少しの間全力の射撃が刊行される。男は身を屈めたまま走り、敵の射線にその身を躍らせた。
男は横転した車内に拘束されたままの少女に近づいた。
車内はこの戦場にあっては、まだ比較的安全な場所と言えた。ロックソルトの跳弾や神秘投射物から身を守ってくれる反応装甲は、車両がその主機能を失っても健在だ。
男は改めて息を呑む。その少女はやはり、違和感の塊だった。
碌な装備も与えられないまま、日常生活からそのまま戦場に放り出されたような風に見える子供。そうとしか見えない彼女は、それを知ってか知らずか怖がる様子も焦る様子もないままだった。
男は武器を置いて膝をつき、手を伸ばして少女の目隠しを不器用な手つきで外した。閉じられていた瞼が開き、男と正面から見つめ合う。
長い睫毛の向こうから、金色の瞳が男を見つめた。冬の夕焼け、蜂蜜のようなとろりと濃い黄金。ヒトの器官として正しく機能しているかどうかも疑わしい、バツ印の瞳孔。
男はその異質さに戸惑いつつも、少女に問いかける。
「君、大丈夫なのか」
たったいま目覚めたばかりであると言うかのように、少女はぱちくりと瞬きをした。そして小さく微笑み、高く甘いあどけない声で話す。
大声を出しているわけでもないのに、その声は爆発や銃声、破裂音の中でやけにはっきりと男の耳へ届いた。
「作戦中、監視対象との会話は厳禁。そうでしょう?」
上目遣い。揺れるストロベリーブロンドの髪。
車外の状況を意にも介していないような態度。その言葉は、少女が局の規則を理解しており、監視する側あるいはされる側であることを明確に示している。
少女はくすくすと笑う。まるで仲のいい大人と、ちょっとした悪事を共有して楽しむ幼子のように。
「しかし、君は北摩市民でもある。この状況を見て作戦遂行に不安があるようであれば、我々は君を一市民として保護し撤退、本部に別途命令を仰ぐつもりだ」
男は落ち着き払って答えた。ダウザーたちの攻撃が車体を掠め、ぐらぐらと音を立てて揺れる。
「現場判断により、私は監視対象100とのコミュニケーションを敢行。君が我々の保護を必要とする民間人であるか、或いは上の言うような『付近で解放するだけで攻撃目標を完全破壊するマイクロ戦術兵器』であるかどうかを確認している。責任は私が負う。君が気にする必要はない」
鍵を手足の枷に差し込み、拘束を解いた。
少女は解放される。戒められていた手足が一つずつ自由になり、戦場に似つかわしくないキャンバスブーツがその地に降り立つ。皺になった服を軽く整えるその様子は、やはり上から説明されたような存在にはとても見えなかった。
少女は窮屈だった身体をほぐすように軽く伸ばして、それから男に問い返した。
「そんな言われ方をしているんですか?」
「そうだ。我々の作戦目標は、ダウザー一派の設置した改造パイルドライバー“オンバシラ”の付近で君を解放、のち君に『破壊せよ』と命令し、その場から離れることだ」
「あは。面白い。まにま、まるで爆弾扱いですねっ」
そんなことを言って、少女は心から楽し気にころころと笑う。男はそれを聞いて初めて、その表情を僅かに歪めた。
その様子を、バツ印の瞳孔がじっと見つめている。
「……それで。できるのか、できないのか」
「できますよ。」
少女は気軽な調子でそう答える。男は彼女に気取られないよう、フェイスマスクの中で小さく息を吐いた。なら、と言葉を続ける。
「なら、頼む」
「ダメですよ? そんな言い方じゃ、まにまはきっと失敗してしまうでしょうから。
作戦にあったでしょう? きちんと“命令”してくださらなきゃ」
少女はぐいと顔を男に近づける。目を見開く男の表情を眺めながら、少女はにんまりと小さな唇を緩めた。白い頬がほんのりと紅潮して、囁く声はその甘さを増していく。
その時点で、男は既に少女の術中に嵌っていた。
「『破壊しろ』って言ってくださいな。『頼む』なんて優しい言葉じゃ、まにまの神秘は起きてくれません」
少女は男の肩に手をかけて、その体重をゆっくりと掛ける。男はそれを受け止めようとはせず、後ろに身体をずらすことで避けようとして……車両の内壁に寄り掛かる形になった。
少女はそれを追いかけ、鍛え上げられた男の身体に自らの体重を預けた。
日常的なトレーニングで持ち上げるバーベルの半分もないその躰の重みが、いやに重苦しく感じる。
「何を言おうとしているのか、理解できん」
混乱する男に、少女は笑い掛けた。
「おじさま、嫌がる女の子に無理やり言うことを聞かせる卑劣漢になりたくなかったんですよね?
でもダメですよ。神秘にはきちんとした扱い方があって、それを間違えると何が起きるか分からないんですから」
可愛らしく窘めるような、ませた子供のような口調で。
少女は、屈強な男に身を寄せた。耳元までその唇を近づけて、ヘッドセットをずらし、囁く。
「本当ならあれを壊すくらいのこと、神秘に頼らずやりとげる方法なんていくらでもある筈です。でもあなた方には色々な事情があって、利益とリスクを天秤に掛けて、まにまという神秘を使うことにした。
たった12歳の“普通の”女の子を、悪意と殺意が入り乱れる舞台に放り込むのが、あなた方の選んだ最善なんですよね?」
少女の言葉は、男に電撃が走ったような震えを起こさせた。
一言一言、一音一音が耳に染み込むにつれて、男の顔から色が無くなっていく。土気色になりながらも、男は辛うじて反論することができた。
「だが君は“普通”ではない。君は人間じゃない」
「そう思われるならおじさまは、どうして躊躇ったのですか?」
「……」
一撃で沈黙。少女はその目の覆いが取り払われた瞬間から、注意深く観察していた。周囲の状況ではなく、現場司令官と思われる男の一挙手一投足をこそ。
兵士の鉄の精神と心を、その扱いを熟知した幼い子供の甘い声と毒の言葉が引きはがし、削りとり、融かして吸い上げる。
「あは。何処にでもいる普通の女の子だって、そう思っちゃったんですよね?
まにまは正真正銘、きちんとした人間ですよ。お母様のお腹の中から産まれてきた、ものを考え思う生き物です」
呼吸が早まる。脂汗がだらだらと流れる肌を、少女の怪奇的な瞳がじっと観察している。
「だからやっぱり、おじさまは普通の女の子を無理やり従わせようとしてるんです。『やりたくないけど』『やれちゃう』まにまにこの状況を解決させるには、そうする他にないんです」
「そんなことは」
既に論理的な反論ができなくなっている男の様子を眺めながら、少女の瞳が愛おしさに細められる。小さく清らかな唇が笑みを深めて、男にとどめを刺しにかかった。

「ほら、躊躇わないで。命令することで、随意という人間にぜんぶ押し付けて。
証を立てちゃいましょう? 言うこと聞かせちゃいましょう? 惨めで可愛い、つよつよな貴方。
ほら、頑張って♡ 罪の意識に負けるな♡」
はっ、はっ、と荒い息が響いている。唇が震えて、歯がカチカチと鳴りはじめる。
恐怖。男はその時、その人生の中で感じたことのない恐怖を味わった。
「──早くしないと。神秘氾濫が表まで広がって、沢山の人が犠牲になっちゃうかも、ですよ?」
そして最後の最後に与えられたご褒美にも似た大義名分は、男に致命的な一歩を踏み出させた。
「は、」
「はいっ。ちゃんと聞いてますから大丈夫ですよ、ゆっくりね?」
「……は、破壊しろ! あれを!!」

「にひ。あーあ。拝領いたしました♪」
APCから出てきた少女が、手に着用した革のハーフグローブを引っ張りながらとん、と跳ねるように地面へと着地した。振り向き、血の色の夕焼けの空に天高くそびえる塔のような重機を見やる。
その他、ダウザーの戦闘員らしき影がちらほら。怪奇化した重機が数機。
少し奥、パイルドライバーの傍には操縦者らしい人影。
«こちらベイト1。無線封鎖を解除。軍規違反者を特定し制圧しました。続けて第二任務を開始します»
«了解。健闘を祈る»
隠していた小型の通信機で報告を飛ばし、まにまは車内で呆然自失状態の男を見やる。
「……ま、悪く思わないでくださいね。仕事だし」
そこにいれば大した怪我もしないだろうし、と言い置いておく。どうせ聞こえていないだろうけど。
まにまは車両の陰に隠れながら、状況の把握を開始した。視線をあちらこちらへと走らせ、遮蔽物や武器として利用できそうなもの、優先して沈黙させるべき対象を選定。
奥にある重機があとどれくらいで起動するかを予想する。恐らく残り時間はそう長くないだろう。
天に伸びる鋼鉄のガイドに点灯するランプや、煙を上げる本体を伺う。アイドリングはもう済んだと言ったところか。
下手をすれば、今すぐにでも鉄杭が装填され始めることだろう。そうなれば猶予は数分もない。ガイドに従って上昇した杭は位置エネルギーと炸薬による衝撃、神秘による補助を受けて凄まじい速さで撃ちだされ、地面を深く掘り進む。
その衝撃が地下を流れる神秘エネルギーの水脈にぶつかり刺激を与えれば、まるで間欠泉が噴き出すが如く溢れ出した神秘が裏世界だけでなく表をも氾濫させる。
そこがデッドラインだ。それまでにまにまは護衛の敵を排除し、パイルドライバーを破壊しなければならない。
ゆえに。
「あは。じゃ、お掃除を始めますね♪」
まにまは嘲笑い、受けた命令の遂行を開始する。
地を蹴って加速する。最優先で撃破すべきは長射程の攻撃手段を有するダウザー構成員だ。
「は……?」
間抜けな声が耳元を掠める。護衛の怪奇化重機をパスして後方の人間に肉薄。首元を掴んで全力で地面に叩きつける。
ずどん、と土煙が上がり、獲物の身体から力が抜けるのが掌を伝わって察知できた。仮にも神秘を纏って戦う輩だ。この程度では致命傷にならないだろう。
ぱらぱらと土塊が零れる音がする。何が起きたか把握される前に、まにまは土煙を引き裂いてロケットスタートした。
拳を握りこんで、潜り込んだ敵の鳩尾に叩き込む。
振り向きざまに傍にあったひしゃげた金属看板を引っこ抜き、もう一人の脳天を打ち据える。コォンっ! と甲高い音が鳴り響く。刺さらないよう気を付ければ、多分大丈夫。
そこまでしてようやっと、怪奇重機たちがまにまを補足したようだった。ほぼ一瞬のうちに仲間を3人倒されて狼狽えたのか、少々動きがぎこちない。が、流石に応戦の構えを取るようだった。
振り下ろされる鋼鉄のアームを紙一重でかわしていると、軽い地響きが鳴った。どうやら鉄杭の装填が始まったようだ。まにまは怪奇の腕に飛び乗って駆け上がる。ブーツが錆鉄を踏みつける乾いた金属音が響く。
右掌を握りこむ。少女の手を覆うようにして、にわかに陽炎のような大気の揺らぎが見えた。分かりやすい炎や水や雷などとは違う、ごく最小限に視覚化される超高密度の力場。
巨大な熊の手じみた見た目のそれが振り上げられ、怪奇の腕の付け根、露出した関節部へと振り下ろされる。
凄まじい爆音が響き、次いで金属のねじ切れる耳障りな音が鳴った。片腕を落とされて暴れる怪奇から飛びのいて離れ、地面に着地したまにまは無事な方の敵に狙いを定める。
暴れている方が本来重機についている筈のない砲門を展開させるのを見て取ってから、まにまは目前に迫った金属塊のラリアットをスライディングですり抜ける。
鉄杭がガイドに従い上昇していく。周辺からの対比を勧告するブザーが発されはじめた。
無傷の怪奇重機の背後へ抜けたまにまは、スライディングの勢いのまま敵の躯体に手を掛けて身体を宙へ跳ね上げた。その背中に蹴りを放つと怪奇はつんのめったようにバランスを崩し、今まさに砲門を開いて発射体勢に入っていた手負いに激突する。
爆発、炎上。暴発した弾が爆発し、二体の怪奇をまとめて燃やし尽くした。
「あら。次は質量弾にした方が良いかもしれませんね♪」
まさか焼夷弾だったとは。まにまは軽く笑うと、本命のパイルドライバーへ向けて飛び出した。
標的は重機根元のコントローラー。操縦者を叩けば機械は止まる。ならば数秒も要らない。一瞬で終わる。
だが……まにまは眉を顰めた。
首の裏がざわつくような不快感に任せて、異世界でヒトの限界を優に超え稼働する五感を総動員させ、刹那の間に目の前の景色を観察する。
鳴り響くブザー。
赤く輝く警告灯。
高まるエンジン音。
ぎりぎりと引き絞られる鉄杭。
操縦者のダウザー。
彼の息遣い。
視線の動き。
その手元。
重機の操作盤。
手が。
操作盤から、離れている……?
「──ッ!?」
少女は急制動を掛ける。方向修正。
考えている暇はない。動け。
進行方向はパイルドライバーそのもの。一瞬で肉薄し、周辺施設に飛び乗る。
自分の頭上を跳び越えて走る少女を、ダウザーの視線が驚愕を以て追う。
ほぼ垂直に近い鉄塔を走って駆け上がる。いちいちボルダリングしている暇などない。
ダウザーは既に起動シーケンスを終了していた。例え万全稼働でなかったとしても、少しでも地脈に傷を付けられれば氾濫は免れない。故に予定を早めて、ドライバーの発射を急いだのだ。
だからもう操縦者を排除してもこの“オンバシラ”は止まらない。作戦は失敗する。
命令は──不遂行に終わる。
なら!
ガイド鉄塔を登り切ったまにまはその頂点から飛び上がり、重機を見下ろす空中に身を躍らせた。
それと同時に耳のイヤホンに通信が入る。
«トークンの使用を許可します»
「了解!」
手に握っていた水晶を、口の中に放り込んだ。そのまま飲み下す。大きな石を飲み込んだ不快感が身体を走り抜けると同時に、まにまは全身が発火したような錯覚を覚えた。
少女の脚を包んでいた陽炎が数倍のサイズに膨れ上がる。身体から漏れる神秘強度が爆発的に高まり、少女は空中で大気を踏みつけ、わずかな間静止した。
膝を限界まで曲げ、バネを引き絞る。破裂音。発射。
偶然にもその攻撃は、目の前の巨大な重機の機構に似ていた。
「舐めんな、オラァッッ!!」
莫大な神秘を乗せたまにまのミサイルキックが、鉄塔の中腹あたりに直撃した。
«テロリストの収容を完了。死傷者ゼロ。現在逃亡者を捜索中»
«違反者は拘束され、輸送中。心神喪失状態ですが、重篤なものではないとのこと»
管理局の車両が何台も止まっている。静かになった裏世界の一角で、紺色のウィンドブレーカーを着せられた少女が佇んでいた。
いくつもの灯火器が照らし出した重機“オンバシラ”は、その中腹からぽっきりと折れた無残な姿を晒している。
«お見事でした、監視対象100-a名称[随意]。現時刻を以て作戦行動を終了、名称[随意]を監視課指揮より一時解放します。通常の生活に戻って構いませんよ»
「はぁい」
僅かな通信の間隙をおいて、少女はマイクに気だるげな声で返事をした。
«疲れているようですね。あなたにしては珍しい»
「そうですけど。疲れるなとご命令いただければ、そのようにいたしますよ?」
«……いいえ。今日はゆっくりと休んでください。
ことがことですので、後日市長より直接感謝の言葉を伝えるための面会が組まれるはずです。その時は失礼の無いように»
「はぁい」
![]()
ログ終了
投げやりに答えて、自分から通信を切る。ウィンドブレーカーのポケットにマイクと通信機を入れ、それを脱いだ少女は休憩用に用意された椅子に上着を放った。
今回、彼女が受けた命令は3つ。トークンの収穫は差し引きプラス2。
とても割に合うとは言えない結果だった。とんだくたびれ儲けだ。内臓まで出てきそうな大きなため息をぶちまけて、少女は去っていく。

「部長の所で働いてた方が、よっぽど楽しいな。稼げるし」

「冬のボーナス、楽しみだな」
口に出す必要のない思考がぽろぽろと零れる。家に帰ったら、こんなことを考えることすらできなくなる。
だから、今は良いだろう。今だけ。
自然と伸びた手が、バッグのポケットに入れたペンとメモ帳を撫でた。オベリスクと、パピルスを模したそれに。
少女は微笑んだ。

「早く、宴会の日になればいいな──」