RECORD
Eno.26 朔 初の記録
──かつて、しんぴというなんだかよくわからんものはひととともにありました。
しかし、いつぞやにひとはしんぴをきりすて、かがくのよのなかへとたびたちました。
それはひとのあゆみとともに。
それはひとのすすみとともに、ゆるやかに。
そのこえをじかにきくひとはすくなくなり。
かみさまからみちからをとってふるうひとはいなくなり。
そのいのりをねっしんにささげるひとはかずをへらし。
かみさまとおはなしできるひとはいなくなりました。
──それでも、やしろがのこるかぎりは、かみはそこにちんざしつづけたのでした。
まつるひとはすくなり、そのちからはゆるやかにうしなわれていきましたが。
それでも、けんめいないのりをうければ、かならずこたえようとがんばりました。
がんばりましたし、しんしないのりはなによりもちからになります。
“ひとのてでどうにかならないことを、なんとかどうにかしてほしい”
といういのりは、たしかにかみだのみのそれで。
しんぴてきななにかにたよっていた。
◆
「でもね、人の子たち」
「君たちは吾たちを切り捨てたのだろう」
「…」
「裏の世界を知らなかったからね」
「弱い怪奇として吾はずっと、そこにいた」
「完全に否定されることもなく、ただし誰かが祈った時にだけ起きる機構のように」
「……」
「それも終わった話だけどね」
「………」
「地元の人にしか知られないような小さな社は、神様に祈りを捧げる、としてそれ以上解明されることもなく、普及というほどもしておらず、広くも知れ渡っていないから」
「消滅することもなかったのだろう」
「…」
「今は、彼らの、祈りは、ない」
「では、表で彼と行動の続けられた訳といえば」
「神秘的なものは光学的に見えないことと」
「彼が吾に毎日心底祈りを捧げていたからだね」
「………」
「“自分だけの神様”というものはね」
「自分以外に知られることがないのだから、解明も普及もすることはない」
「けれども、誰よりも信じていて祈っているのなら、それは神秘的なそれとして確立され、きっと力を持って振る舞えるのだろう」
「…」
「ただ、その子が信じなくなればおしまいだった」
「1人っきりの祈りって、そういうものだからね」
◆
そんなことはこれには全く関係がなく、どうでもいい話だった。
彼女が夏休みに入ってから出会ったものの方がよっぽど彼女に関係があった。
炎の中の記憶を思い返せば具合が悪くなった。
小さい頃、入った裏世界のことを思い出せばパニックを起こした。
思い出さなきゃいけないことがあるのに、それがどうにもうまくいかない。
「……」
「…ゆっくり、」
やっていくしかなかった。
自分のことを紐解いていく。
自分のことを探っていく。
それってものすごく嫌なことだった。
目をさらしたかった。
でも、このままじゃお父さんが報われない。
散々な死に方をしたお父さんが報われない。
お母さんが笑ってくれない。
それが許せなかった。
それが心底嫌だった。
残されたものは残された責任を果たすべきである。
やらなきゃいけなかった。
どうやればいいかなんてさっぱりだった。
不安定になる精神が邪魔をした。
過呼吸になってばっかりじゃそれも迷惑で。
全然、進まなかった。
「………」
真白いノートに数式を書いた。
それをしながらでも日常は過ごさなきゃならない。
点数は落とせない。
いい大人にならなきゃ申し訳がない。
数式を書いた後、ふ、と、思い出すことがあって。
別のものを描こうとして、筆が止まった。
笑い声がするみたいだった。
こうしていつもとまっている。
授業なら、仕方ないってことも。
自分からやるのは、別だった。
「………」
「描けないよ」
もう描けない。
描かないって決めていた。
そんなことしたって生産性がないし。
なんの役にも立たないから。
──私のイマジナリー。
さようなら、空想空間。
◆
上は大火事。
まだずっと炎上を続けていた。
火傷だらけで肺も焼けていた。
鎮火を待ち続けてたって。
火消しはちっとも来ないから。
じゃあつまり、下は大水ってことで。
6・7年前に掲載された新聞記事の切り抜きだ。
ネット上、アーカイブ化されたその記事は、検索すればヒットする。
調べるなら、あなたたちの誰もが読むことが可能である。
地元の銭湯 火災で全焼 北磨市
きょう未明、北磨市中心部にある銭湯“汐風ノ湯”で火災が発生し、木造2階建ての建物が全焼した。
この火災で経営者の男性である朔 優作さん(33)が死亡し、妻は朔 羽衣さん(33)は重症、子の朔 初(10)は軽症を負い、病院に搬送された。
消防局によると、火災が発生したのはきょう午前2時過ぎ。火元はボイラー室付近とみられ、「銭湯から炎と煙が出ている」と近隣住民から複数の通報があり──(以下、省略)
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焦げた匂いがして、ぼーっとしてたら、もう家の中は真っ赤だった。
炎だった。
熱光線だった。
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──朔初は銭湯の主人の娘である。
うえはおおかじ
みくまりの 神のちはひの なかりせば うまれこめやも これのあがみは
──かつて、しんぴというなんだかよくわからんものはひととともにありました。
しかし、いつぞやにひとはしんぴをきりすて、かがくのよのなかへとたびたちました。
それはひとのあゆみとともに。
それはひとのすすみとともに、ゆるやかに。
そのこえをじかにきくひとはすくなくなり。
かみさまからみちからをとってふるうひとはいなくなり。
そのいのりをねっしんにささげるひとはかずをへらし。
かみさまとおはなしできるひとはいなくなりました。
──それでも、やしろがのこるかぎりは、かみはそこにちんざしつづけたのでした。
まつるひとはすくなり、そのちからはゆるやかにうしなわれていきましたが。
それでも、けんめいないのりをうければ、かならずこたえようとがんばりました。
がんばりましたし、しんしないのりはなによりもちからになります。
“ひとのてでどうにかならないことを、なんとかどうにかしてほしい”
といういのりは、たしかにかみだのみのそれで。
しんぴてきななにかにたよっていた。
◆
「でもね、人の子たち」
「君たちは吾たちを切り捨てたのだろう」
「…」
「裏の世界を知らなかったからね」
「弱い怪奇として吾はずっと、そこにいた」
「完全に否定されることもなく、ただし誰かが祈った時にだけ起きる機構のように」
「……」
「それも終わった話だけどね」
「………」
「地元の人にしか知られないような小さな社は、神様に祈りを捧げる、としてそれ以上解明されることもなく、普及というほどもしておらず、広くも知れ渡っていないから」
「消滅することもなかったのだろう」
「…」
「今は、彼らの、祈りは、ない」
「では、表で彼と行動の続けられた訳といえば」
「神秘的なものは光学的に見えないことと」
「彼が吾に毎日心底祈りを捧げていたからだね」
「………」
「“自分だけの神様”というものはね」
「自分以外に知られることがないのだから、解明も普及もすることはない」
「けれども、誰よりも信じていて祈っているのなら、それは神秘的なそれとして確立され、きっと力を持って振る舞えるのだろう」
「…」
「ただ、その子が信じなくなればおしまいだった」
「1人っきりの祈りって、そういうものだからね」
◆
そんなことはこれには全く関係がなく、どうでもいい話だった。
彼女が夏休みに入ってから出会ったものの方がよっぽど彼女に関係があった。
炎の中の記憶を思い返せば具合が悪くなった。
小さい頃、入った裏世界のことを思い出せばパニックを起こした。
思い出さなきゃいけないことがあるのに、それがどうにもうまくいかない。
「……」
「…ゆっくり、」
やっていくしかなかった。
自分のことを紐解いていく。
自分のことを探っていく。
それってものすごく嫌なことだった。
目をさらしたかった。
でも、このままじゃお父さんが報われない。
散々な死に方をしたお父さんが報われない。
お母さんが笑ってくれない。
それが許せなかった。
それが心底嫌だった。
残されたものは残された責任を果たすべきである。
やらなきゃいけなかった。
どうやればいいかなんてさっぱりだった。
不安定になる精神が邪魔をした。
過呼吸になってばっかりじゃそれも迷惑で。
全然、進まなかった。
「………」
真白いノートに数式を書いた。
それをしながらでも日常は過ごさなきゃならない。
点数は落とせない。
いい大人にならなきゃ申し訳がない。
数式を書いた後、ふ、と、思い出すことがあって。
別のものを描こうとして、筆が止まった。
笑い声がするみたいだった。
こうしていつもとまっている。
授業なら、仕方ないってことも。
自分からやるのは、別だった。
「………」
「描けないよ」
もう描けない。
描かないって決めていた。
そんなことしたって生産性がないし。
なんの役にも立たないから。
──私のイマジナリー。
さようなら、空想空間。
◆
上は大火事。
まだずっと炎上を続けていた。
火傷だらけで肺も焼けていた。
鎮火を待ち続けてたって。
火消しはちっとも来ないから。
じゃあつまり、下は大水ってことで。
▼地方新聞の記事の詳細
6・7年前に掲載された新聞記事の切り抜きだ。
ネット上、アーカイブ化されたその記事は、検索すればヒットする。
調べるなら、あなたたちの誰もが読むことが可能である。
地元の銭湯 火災で全焼 北磨市
きょう未明、北磨市中心部にある銭湯“汐風ノ湯”で火災が発生し、木造2階建ての建物が全焼した。
この火災で経営者の男性である朔 優作さん(33)が死亡し、妻は朔 羽衣さん(33)は重症、子の朔 初(10)は軽症を負い、病院に搬送された。
消防局によると、火災が発生したのはきょう午前2時過ぎ。火元はボイラー室付近とみられ、「銭湯から炎と煙が出ている」と近隣住民から複数の通報があり──(以下、省略)
「……」
焦げた匂いがして、ぼーっとしてたら、もう家の中は真っ赤だった。
炎だった。
熱光線だった。
「全部焼けちゃったの」
──朔初は銭湯の主人の娘である。