RECORD
Eno.1379 久瀬 あざみの記録
②ー⑦
祖父の模型店を継ぐために、地元へ帰りたい。
そう決意した私は、さっそく両親に打ち明けた。
結果は、あっけないほどの許可だった。多少は驚かれたけれど、私の夢を否定する人はいなかった。
もともと私は、ああしたい、こうしたい、という自己主張を誰かに、それこそ両親にすら見せたことがなかったのだから。
地元を離れて一人暮らしをしたい。北摩市にある束都高校に通いたい。
そう自分の意志を伝えたのは、中学生の頃。たぶんそれが、私が両親に示した人生で最初の「わがまま」だった。
ひどく緊張したのを覚えている。否定されたらどうしようと、胃が痛くなった記憶もある。
けれど、その時も許可はおりた。
それから数年。今度は「地元に帰りたい」だなんて。
我ながら、本当にわがままで自分勝手だと思う。
けれど、どうしても祖父の模型店を継ぎたかった。継ぎたいと、願ってしまったのだ。
ひたすらに衝動的で、自分でも呆れてしまう。だけどこれが、私の決めた道なのだから。
しかし、私の道には阻むものがあった。別の方向へと針を向ける、呪いのような羅針盤が。
それは、あの日本刀。
悪夢の中で、孤独な旅路を見せつけてきた少女が持っていた一振り。
破軍という不吉な銘を、この手で刻んでしまった、あの一振り。
私は誰にも頼らず、自分一人の力でこの刀を壊すしかないのだと、そう思い込んでいた。
私の神秘で、刀を破壊する。
その代償として、この街で生きてきた『記憶』がこれ以上消えてしまっても仕方がないのだと。
それが、私の決めた道の前に立ちはだかる壁なのだと、本気で思っていた。
だが、結末は違っていた。
この街を去ることを打ち明けられる、数少ない大切な友人。
散々迷惑をかけて、感謝してもしきれない、たった一人の親友に、
自分の夢を告げて、別れを伝えようとした、その時だった。
不意に、私の口から言葉がこぼれた。
「この刀を、どうしたら壊せるかな」
自分一人で終わらせなければならないと思っていた問題を、初めて誰かに頼ってしまった瞬間だった。
「まずは銘を変えましょう。不吉な意味のない言葉に」
「そうして供養して、鋼になるまで溶かして、捨てちゃいましょう」
その言葉に背中を押され、私は最後の神秘を使って、刀に新しい銘を刻んだ。
その名は、ぴょんぴょん丸。
破軍星とは程遠い、おかしな名前。特に意味なんてない。
これが最後の神秘の行使。でも、不思議と怖くはなかった。前に進むために必要なことだったから。
最後の神秘がこれだなんて、なんだかとても、私らしいなと思った。
次に行ったのは「供養」。孤独のまま自刃を選んだ、悪夢の少女。
彼女が決して叶えられなかった、笑顔あふれる楽しい冒険を、親友とした。
それは私自身にとっても、かけがえのない時間だった。
戦利品のパンケーキは、涙が出るほど美味しかった。
そして、刀を溶かして鋼に戻す時が来た。
いつも愉快で、行動力があって、誰とでもすぐに打ち解けられる親友。
内向的で友達も少なく、結局最後までクラスで浮いていた私とは正反対の彼女は、
言うが早いか鍛冶場を探し出し、刀を溶かしてくれる刀匠さんまで見つけてきてくれた。
刀匠さんに、これまでの経緯を話した。破軍という銘を刻んだ、不吉な刀なのだと。
しかし刀匠さんは、穏やかにこう言った。
「この子の元の銘……破軍。
不吉なものとして伝わっていますが、本来、破軍星が持つのは『革命』の性質。
今あるものを打ち砕き、新たなものを創造する力です。
それに、剣先星という解釈もある。相対する者に敗北を、担い手に勝利をもたらす星、というね」
「お話を聞く限り、この子は……
破軍の名が持つ不吉な運命を、あなたと共に駆け抜けてきた。
そして、すてきな銘と共に不吉を打ち払い、切り開いた未来で、安息を得ようとしている」
「――まさしく、革命星としての運命をたどった、と言えるのではありませんか?」
革命星……。
なるほど、そういう解釈もあるのか。その言葉は、すとんと私の胸に落ちた。
それならば……鋼に戻したあと、捨ててしまうのは、あまりにも惜しい。
あの少女と同じ孤独を歩んできたこの刀を、また独りにしてしまう気がした。
だから私は、刀匠さんにある提案をした。今度こそ、はっきりと自分の意志を伝えて。
「とある工具として、生まれ変わらせてはくれないでしょうか」と。
刀匠さんは、笑顔で頷いてくれた。
急な依頼にもかかわらず、快く引き受けてくれた、本当に懐の深い人だった。
「どうせならこれにしましょう!」という親友の強い勧めで、工具の種類も決まった。
炉に入れられた刀が、真っ赤な光を放ちながら、元の玉鋼へと還っていく。
金槌に打たれ、水で冷やされ、また打たれる、リズミカルな音。
汗が滲む炎の熱気と、刀匠の真剣な眼差し。
その光景は、まるで新しい生を祝福する儀式のように、私の目に映った。
そうして、あの日本刀は新たな姿形を得て、生まれ変わった。
私がお願いした工具、それは模型制作で使うためのデザインナイフだった。
かつて私が手にしていた、怪異を殺すためのナイフじゃない。
何かを生み出し、模型に命を吹き込むためのナイフだ。
最初はナイフを武器にしていた私が、その使い方を忘れ、刀を振るうようになった。
そして最後にまた、命を奪うのではなく、命を吹き込むためのナイフを握ることになるなんて。
これもまた、運命だったのかもしれない。
完成したのは、刃先から柄まで玉鋼一体成型の、美しい二本のナイフ。
一本は45度の直線刃。もう一本は平刃。
まだ知識はないけれど、用途別に使い分けられるらしい。
「せっかくだから名前を付けましょう」と親友が言った。
でも、咄嗟に「ぴょんぴょん丸」しか浮かばない私には荷が重すぎる。
だから、名付けは親友にお願いした。そうして二本のナイフに与えられた名前は――
司命丸と天府丸
女子高生が持つ道具としては、少し厳ついかもしれない。
けれど、その名の意味を聞いて、私は「これがいい」と直感した。
それは、死を司る北斗七星と対をなす、生命の星。
南斗六星の輝き。寿命を司り、生命を象る星々。
北斗と南斗は仲睦まじく、この二つの神格があってこそ、生死の理は正しく巡るのだという。
司命も天府も、どちらも同じ意味の言葉らしい。
私の道の前に立ちはだかっていた壁は、新たな形と使命を授かり、
これから進む道を共にする、頼もしい相棒となってくれた。
唯一の戦う術だった日本刀は、形を変えた。
左眼の神秘は、もう怖いから使わない。
表と裏の世界が混在するこの街、北摩市に、もう思い残すことは何もない。
夏の終わり。
私は裏の世界に別れを告げ、自分の道を、前を向いて生きていく。
そう決意した私は、さっそく両親に打ち明けた。
結果は、あっけないほどの許可だった。多少は驚かれたけれど、私の夢を否定する人はいなかった。
もともと私は、ああしたい、こうしたい、という自己主張を誰かに、それこそ両親にすら見せたことがなかったのだから。
地元を離れて一人暮らしをしたい。北摩市にある束都高校に通いたい。
そう自分の意志を伝えたのは、中学生の頃。たぶんそれが、私が両親に示した人生で最初の「わがまま」だった。
ひどく緊張したのを覚えている。否定されたらどうしようと、胃が痛くなった記憶もある。
けれど、その時も許可はおりた。
それから数年。今度は「地元に帰りたい」だなんて。
我ながら、本当にわがままで自分勝手だと思う。
けれど、どうしても祖父の模型店を継ぎたかった。継ぎたいと、願ってしまったのだ。
ひたすらに衝動的で、自分でも呆れてしまう。だけどこれが、私の決めた道なのだから。
しかし、私の道には阻むものがあった。別の方向へと針を向ける、呪いのような羅針盤が。
それは、あの日本刀。
悪夢の中で、孤独な旅路を見せつけてきた少女が持っていた一振り。
破軍という不吉な銘を、この手で刻んでしまった、あの一振り。
私は誰にも頼らず、自分一人の力でこの刀を壊すしかないのだと、そう思い込んでいた。
私の神秘で、刀を破壊する。
その代償として、この街で生きてきた『記憶』がこれ以上消えてしまっても仕方がないのだと。
それが、私の決めた道の前に立ちはだかる壁なのだと、本気で思っていた。
だが、結末は違っていた。
この街を去ることを打ち明けられる、数少ない大切な友人。
散々迷惑をかけて、感謝してもしきれない、たった一人の親友に、
自分の夢を告げて、別れを伝えようとした、その時だった。
不意に、私の口から言葉がこぼれた。
「この刀を、どうしたら壊せるかな」
自分一人で終わらせなければならないと思っていた問題を、初めて誰かに頼ってしまった瞬間だった。
「まずは銘を変えましょう。不吉な意味のない言葉に」
「そうして供養して、鋼になるまで溶かして、捨てちゃいましょう」
その言葉に背中を押され、私は最後の神秘を使って、刀に新しい銘を刻んだ。
その名は、ぴょんぴょん丸。
破軍星とは程遠い、おかしな名前。特に意味なんてない。
これが最後の神秘の行使。でも、不思議と怖くはなかった。前に進むために必要なことだったから。
最後の神秘がこれだなんて、なんだかとても、私らしいなと思った。
次に行ったのは「供養」。孤独のまま自刃を選んだ、悪夢の少女。
彼女が決して叶えられなかった、笑顔あふれる楽しい冒険を、親友とした。
それは私自身にとっても、かけがえのない時間だった。
戦利品のパンケーキは、涙が出るほど美味しかった。
そして、刀を溶かして鋼に戻す時が来た。
いつも愉快で、行動力があって、誰とでもすぐに打ち解けられる親友。
内向的で友達も少なく、結局最後までクラスで浮いていた私とは正反対の彼女は、
言うが早いか鍛冶場を探し出し、刀を溶かしてくれる刀匠さんまで見つけてきてくれた。
刀匠さんに、これまでの経緯を話した。破軍という銘を刻んだ、不吉な刀なのだと。
しかし刀匠さんは、穏やかにこう言った。
「この子の元の銘……破軍。
不吉なものとして伝わっていますが、本来、破軍星が持つのは『革命』の性質。
今あるものを打ち砕き、新たなものを創造する力です。
それに、剣先星という解釈もある。相対する者に敗北を、担い手に勝利をもたらす星、というね」
「お話を聞く限り、この子は……
破軍の名が持つ不吉な運命を、あなたと共に駆け抜けてきた。
そして、すてきな銘と共に不吉を打ち払い、切り開いた未来で、安息を得ようとしている」
「――まさしく、革命星としての運命をたどった、と言えるのではありませんか?」
革命星……。
なるほど、そういう解釈もあるのか。その言葉は、すとんと私の胸に落ちた。
それならば……鋼に戻したあと、捨ててしまうのは、あまりにも惜しい。
あの少女と同じ孤独を歩んできたこの刀を、また独りにしてしまう気がした。
だから私は、刀匠さんにある提案をした。今度こそ、はっきりと自分の意志を伝えて。
「とある工具として、生まれ変わらせてはくれないでしょうか」と。
刀匠さんは、笑顔で頷いてくれた。
急な依頼にもかかわらず、快く引き受けてくれた、本当に懐の深い人だった。
「どうせならこれにしましょう!」という親友の強い勧めで、工具の種類も決まった。
炉に入れられた刀が、真っ赤な光を放ちながら、元の玉鋼へと還っていく。
金槌に打たれ、水で冷やされ、また打たれる、リズミカルな音。
汗が滲む炎の熱気と、刀匠の真剣な眼差し。
その光景は、まるで新しい生を祝福する儀式のように、私の目に映った。
そうして、あの日本刀は新たな姿形を得て、生まれ変わった。
私がお願いした工具、それは模型制作で使うためのデザインナイフだった。
かつて私が手にしていた、怪異を殺すためのナイフじゃない。
何かを生み出し、模型に命を吹き込むためのナイフだ。
最初はナイフを武器にしていた私が、その使い方を忘れ、刀を振るうようになった。
そして最後にまた、命を奪うのではなく、命を吹き込むためのナイフを握ることになるなんて。
これもまた、運命だったのかもしれない。
完成したのは、刃先から柄まで玉鋼一体成型の、美しい二本のナイフ。
一本は45度の直線刃。もう一本は平刃。
まだ知識はないけれど、用途別に使い分けられるらしい。
「せっかくだから名前を付けましょう」と親友が言った。
でも、咄嗟に「ぴょんぴょん丸」しか浮かばない私には荷が重すぎる。
だから、名付けは親友にお願いした。そうして二本のナイフに与えられた名前は――
司命丸と天府丸
女子高生が持つ道具としては、少し厳ついかもしれない。
けれど、その名の意味を聞いて、私は「これがいい」と直感した。
それは、死を司る北斗七星と対をなす、生命の星。
南斗六星の輝き。寿命を司り、生命を象る星々。
北斗と南斗は仲睦まじく、この二つの神格があってこそ、生死の理は正しく巡るのだという。
司命も天府も、どちらも同じ意味の言葉らしい。
私の道の前に立ちはだかっていた壁は、新たな形と使命を授かり、
これから進む道を共にする、頼もしい相棒となってくれた。
唯一の戦う術だった日本刀は、形を変えた。
左眼の神秘は、もう怖いから使わない。
表と裏の世界が混在するこの街、北摩市に、もう思い残すことは何もない。
夏の終わり。
私は裏の世界に別れを告げ、自分の道を、前を向いて生きていく。