■固有アイテム【みちなりのすず】
道鳴、あるいは道生の鈴。
表裏問わず百堂塾の塾生に渡される、裏世界でだけ澄んだ音を鳴らす舌の無い鈴。塾長手ずから作っているそれはひとつとして同じ音のものが無い。
最期の日まで大事に持っていけば、黄泉路や盆の帰路で迷った時に見慣れた羽織姿が道案内をしてくれるかもしれない。
この場所が君の道標となりますように。
祈られるべきものから贈られる、分かりにくい祈りの形。
RECORD
Eno.896 百堂 巡の記録
d12.みちなりのすず
りんしゃん、からころ。
生徒がたくさんいる時の百堂塾の廊下は誰も喋っていなくても賑やかだ。それをよくよく知っていたから、初めて表世界の塾の塀までお邪魔した猫又は首を傾げた。
鈴の音がしない。と。
「表の塾って静かね」
「あら見に来たんですか、言ってくれたら良かったのに」
「だってナイショで見に行ったもの」
今日も今日とて唐突に話しかけた膝乗りサイズの教え子の頭を雑に撫でて、縁側に座っていた塾長はもう片方の手で湯呑みを持ち上げる。どれだけ暑くても熱いお茶が、なんて言ってられない気温がまだ続いているので中に入っているのは氷多めの麦茶だ。
よく冷えたお茶をひとくち。
静かねえ、と少し遅れたオウム返しに言葉が続く。
「まあ確かに人数はこっちのが多いですけど……
あ、いや。鈴の話?」
「うん」
「それはそう。あれは舌が無いので表だと鳴らないんです」
みちなりのすず。
塾の教え子になった者に最初に渡される小さな鈴。
生徒ごとに音色の違う手作りのそれは、おざなりな撫でに申し訳程度に喉を鳴らしてやっている猫又の尻尾にもちゃんとリボンと一緒に着いている。
表でも渡していると聞いていたからてっきり表の塾も賑やかな鈴の音がすると思っていたのだ、舌が無いのならそりゃあ神秘の届かない表で鳴るはずもない。
「表の鈴にはつけたらいいのに、舌」
「んまあ出来ないとは言いませんけど……ほら、音が鳴るからって服の中にしまったり家に置いてる子も多いじゃないですか」
「そうね」
「逆に言えば、音が鳴らなければ適当に持ち歩いてくれる子もいるんですよ」
そうね。確かにまあそう。
でもそれが何だと言うのかと首を傾げる猫又に、ぴ、と塾長は廊下の奥を指差す。
「万一ですけど、うっかり入ってきたら分かるので」
「大事ね」
「すごい大事です。
あとここじゃなくても裏世界に入っちゃった時に"鳴らない鈴が鳴る"ってことで、ヤバいから帰ろう!って思ってくれないかな〜と」
廊下の奥にあるのは物置。
物置の扉の向こうにあるのはもちろん普段は物置だけれどノックを4回してから開ければ表世界に通じる、というのは裏世界の生徒たちであればおおよそ知っての通りだ。
表世界だともちろん一般人にそんなことは言えないから、神秘に親しんでいる人しか知らない秘密の扉。
そうでなくとも伝承系怪奇なんて神秘の塊。
悪影響は現状出ていないとはいえ、身近な人間を裏に触れさせないようにするケアは積極的にしておかないと怖いのだそう。主に管理局が。
「じゃあ塾長、裏のみんなの音が分かるのね」
「そりゃあもちろん。表に持ってく分も鳴るか確認してから渡してるので分かりますよ」
「覚えるの」
「先生ですからね」
当たり前のように言うが結構とんでもないことでは?
猫又は猫なのでまあ割と分かるが、先生と同じ人型の首無なんかは全然分かってなさそうな気がする。もしかしたら偏見かもしれないけど。
もしかしてほかの先生たちも聞き分けられるのかな、と考え始めた猫又の横で塾長は湯呑みを半端に口元にやったまま唇を控えめに動かしている。
「あとまあ、たまに棺まで持ってってくれる子がいるので。覚えとくとお盆なんか分かりやすくていいんです」
「そうなの」
「そうなんですよ」
なるほど便利。
納得してぴょっこり見上げた先で、塾長はやけにちまちま麦茶を飲んでいる。
「先生も嬉しいのね、大事にされるの」
「まあ」
ちょっと顔が明後日の方角に逸れた。
人型は表情ってものが分かりやすいので大変そうである。
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生徒がたくさんいる時の百堂塾の廊下は誰も喋っていなくても賑やかだ。それをよくよく知っていたから、初めて表世界の塾の塀までお邪魔した猫又は首を傾げた。
鈴の音がしない。と。
「表の塾って静かね」
「あら見に来たんですか、言ってくれたら良かったのに」
「だってナイショで見に行ったもの」
今日も今日とて唐突に話しかけた膝乗りサイズの教え子の頭を雑に撫でて、縁側に座っていた塾長はもう片方の手で湯呑みを持ち上げる。どれだけ暑くても熱いお茶が、なんて言ってられない気温がまだ続いているので中に入っているのは氷多めの麦茶だ。
よく冷えたお茶をひとくち。
静かねえ、と少し遅れたオウム返しに言葉が続く。
「まあ確かに人数はこっちのが多いですけど……
あ、いや。鈴の話?」
「うん」
「それはそう。あれは舌が無いので表だと鳴らないんです」
みちなりのすず。
塾の教え子になった者に最初に渡される小さな鈴。
生徒ごとに音色の違う手作りのそれは、おざなりな撫でに申し訳程度に喉を鳴らしてやっている猫又の尻尾にもちゃんとリボンと一緒に着いている。
表でも渡していると聞いていたからてっきり表の塾も賑やかな鈴の音がすると思っていたのだ、舌が無いのならそりゃあ神秘の届かない表で鳴るはずもない。
「表の鈴にはつけたらいいのに、舌」
「んまあ出来ないとは言いませんけど……ほら、音が鳴るからって服の中にしまったり家に置いてる子も多いじゃないですか」
「そうね」
「逆に言えば、音が鳴らなければ適当に持ち歩いてくれる子もいるんですよ」
そうね。確かにまあそう。
でもそれが何だと言うのかと首を傾げる猫又に、ぴ、と塾長は廊下の奥を指差す。
「万一ですけど、うっかり入ってきたら分かるので」
「大事ね」
「すごい大事です。
あとここじゃなくても裏世界に入っちゃった時に"鳴らない鈴が鳴る"ってことで、ヤバいから帰ろう!って思ってくれないかな〜と」
廊下の奥にあるのは物置。
物置の扉の向こうにあるのはもちろん普段は物置だけれどノックを4回してから開ければ表世界に通じる、というのは裏世界の生徒たちであればおおよそ知っての通りだ。
表世界だともちろん一般人にそんなことは言えないから、神秘に親しんでいる人しか知らない秘密の扉。
そうでなくとも伝承系怪奇なんて神秘の塊。
悪影響は現状出ていないとはいえ、身近な人間を裏に触れさせないようにするケアは積極的にしておかないと怖いのだそう。主に管理局が。
「じゃあ塾長、裏のみんなの音が分かるのね」
「そりゃあもちろん。表に持ってく分も鳴るか確認してから渡してるので分かりますよ」
「覚えるの」
「先生ですからね」
当たり前のように言うが結構とんでもないことでは?
猫又は猫なのでまあ割と分かるが、先生と同じ人型の首無なんかは全然分かってなさそうな気がする。もしかしたら偏見かもしれないけど。
もしかしてほかの先生たちも聞き分けられるのかな、と考え始めた猫又の横で塾長は湯呑みを半端に口元にやったまま唇を控えめに動かしている。
「あとまあ、たまに棺まで持ってってくれる子がいるので。覚えとくとお盆なんか分かりやすくていいんです」
「そうなの」
「そうなんですよ」
なるほど便利。
納得してぴょっこり見上げた先で、塾長はやけにちまちま麦茶を飲んでいる。
「先生も嬉しいのね、大事にされるの」
「まあ」
ちょっと顔が明後日の方角に逸れた。
人型は表情ってものが分かりやすいので大変そうである。