RECORD
Eno.14 卯日 蜜奈の記録
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今日は自宅に千賀さんが来ていた。
母に、あたしや桜空先輩に起きてる一連のことを問う、という名目で。
実のところ、本当にお母さんが神秘を行使している、なんて聞いても、
驚きはしたものの、それ以上特に何かを感じることはなかった。
「そういうものか」と。
あたしも、友達も、知らない世界の妖怪たちさえも、
皆神秘に関わる者として、今や日常となりつつあるのだ。
今さら肉親も『そう』だと言われて動じることはない。
あたしが見てきたのは、一面だけでは語れない女優だったのだから。
とはいえ──あたしも聞きたいことは山ほどあった。
顔にかけられた一枚のヴェールは、
母子の関係にすらまるで壁を隔てているかのように、厚く、冷たく。
と言っても、家族のことは家族で解決したいから、
お互い別々で話すことになったのだけど。
千賀さんが用を済ませて、家を出て行ってから暫く。
お土産を手にして置き場を探しているお母さんの姿は、至っていつも通りに見える。
「お母さんも、神秘に触れてたんだね」
そう声をかけるとゆっくりと振り返って、そうよ、と頷いた。
普段と変わらない、のんびりとした様。少しだけ安心する。
それから、予め整理しておいた問いをひとつひとつ、投げかけていった。
「療養してるのは、神秘が理由?」
───そうだ、と。
「心のことは……本当は、大丈夫なの?」
───どちらともいえない、と。母は言う。
「……じゃあ、そのヴェールも……」
───今度は、ただ頷くのを答えとした。
曰く、母の神秘は「老化、または退行を引き起こすもの」とされているらしい。
恐らくは、見てしまったのだろう。その影響下にある時の──自分の顔を。
同じ女性であるから、メディアで顔を売るものだから、
その心のうちを、少しだけ掠めることができた。
今、どういう顔をしているかは全てどうでもよくて、
その時見てしまった、垣間見てしまった己の顔を――ただ、恐れているのだろう。
あなたもあたしも。鏡をおそれている。
「……あたしが、神秘に触れたことについては……」
「どう思ってる?」
たっぷりと息を吸って、問いかける。
それでも母はいつも通りだ。
『あなたが無事でいてくれたらそれでいい』と。
あたしのこころは晴れないままだ。
霧がかるよな雲にさんさんと熱を降り注がせて、湿っぽくなっていく。
全てを話してしまいたかった。願いも、疑いも。
あなたが望むなら、あたしの全てを捧げても構わないのだと。
あたしはあたしなりに、できることを行い続けるのだと。
でも、それは、母に対してさえ。
理想の『卯日蜜奈』の行いではない。
家族さえ、自分の表も裏も見せられる相手ではなくなっていた。
それでも。
「ごめん、あたし……」
「お仕事で危ないことしちゃうと思う、けど」
「あたしが心から、したいと思ったから」
言うべきことは言いたいと思った。
虚飾を纏えど、全てに嘘をつくことはできないから。
「だから」
その後の言葉は遮られた。
分かってる、と。表情は相変わらずわからないままだけど。
その声はなんだか、柔らかくて。少しだけ掠れていて。
頭を撫でられて、それ以上は紡げなかった。
その時だけ、いつも通りのお母さんは何処かに行って。
隠されていた本音が、ほんの一瞬だけ、うかがえたような気がした。
「ご飯にしよっか、お母さん」
「最近は友達に料理を教えることもあるんだよ」

友人も、母も、あたしを含む日常を守るために尽力していることが分かった。
あたしも手伝えることがあると知っても尚、曖昧なまま。
(……それって)
きっと、あたしがすこし危なっかしく見えるから?
それならいい。表向きのあたしが守られることで、皆が満足するというなら。
それとも──自分が尽力して、あたしの頑張る分を失わせるというのなら。
あたしが頑張らなくてもいい世界とやらを、作ろうというのなら。
あたしは、戦わないといけない。
それを許してはいけないのだ。
だって。
「それって……なんか、勝手じゃん」
「ずるいよ」
ただ、誰かの鑑であるために
この記録は、Eno.187:千賀朱明の『熱の名残』の続きです
今日は自宅に千賀さんが来ていた。
母に、あたしや桜空先輩に起きてる一連のことを問う、という名目で。
実のところ、本当にお母さんが神秘を行使している、なんて聞いても、
驚きはしたものの、それ以上特に何かを感じることはなかった。
「そういうものか」と。
あたしも、友達も、知らない世界の妖怪たちさえも、
皆神秘に関わる者として、今や日常となりつつあるのだ。
今さら肉親も『そう』だと言われて動じることはない。
あたしが見てきたのは、一面だけでは語れない女優だったのだから。
とはいえ──あたしも聞きたいことは山ほどあった。
顔にかけられた一枚のヴェールは、
母子の関係にすらまるで壁を隔てているかのように、厚く、冷たく。
と言っても、家族のことは家族で解決したいから、
お互い別々で話すことになったのだけど。
千賀さんが用を済ませて、家を出て行ってから暫く。
お土産を手にして置き場を探しているお母さんの姿は、至っていつも通りに見える。
「お母さんも、神秘に触れてたんだね」
そう声をかけるとゆっくりと振り返って、そうよ、と頷いた。
普段と変わらない、のんびりとした様。少しだけ安心する。
それから、予め整理しておいた問いをひとつひとつ、投げかけていった。
「療養してるのは、神秘が理由?」
───そうだ、と。
「心のことは……本当は、大丈夫なの?」
───どちらともいえない、と。母は言う。
「……じゃあ、そのヴェールも……」
───今度は、ただ頷くのを答えとした。
曰く、母の神秘は「老化、または退行を引き起こすもの」とされているらしい。
恐らくは、見てしまったのだろう。その影響下にある時の──自分の顔を。
同じ女性であるから、メディアで顔を売るものだから、
その心のうちを、少しだけ掠めることができた。
今、どういう顔をしているかは全てどうでもよくて、
その時見てしまった、垣間見てしまった己の顔を――ただ、恐れているのだろう。
あなたもあたしも。鏡をおそれている。
「……あたしが、神秘に触れたことについては……」
「どう思ってる?」
たっぷりと息を吸って、問いかける。
それでも母はいつも通りだ。
『あなたが無事でいてくれたらそれでいい』と。
あたしのこころは晴れないままだ。
霧がかるよな雲にさんさんと熱を降り注がせて、湿っぽくなっていく。
全てを話してしまいたかった。願いも、疑いも。
あなたが望むなら、あたしの全てを捧げても構わないのだと。
あたしはあたしなりに、できることを行い続けるのだと。
でも、それは、母に対してさえ。
理想の『卯日蜜奈』の行いではない。
家族さえ、自分の表も裏も見せられる相手ではなくなっていた。
それでも。
「ごめん、あたし……」
「お仕事で危ないことしちゃうと思う、けど」
「あたしが心から、したいと思ったから」
言うべきことは言いたいと思った。
虚飾を纏えど、全てに嘘をつくことはできないから。
「だから」
その後の言葉は遮られた。
分かってる、と。表情は相変わらずわからないままだけど。
その声はなんだか、柔らかくて。少しだけ掠れていて。
頭を撫でられて、それ以上は紡げなかった。
その時だけ、いつも通りのお母さんは何処かに行って。
隠されていた本音が、ほんの一瞬だけ、うかがえたような気がした。
「ご飯にしよっか、お母さん」
「最近は友達に料理を教えることもあるんだよ」

「……もう、最後に指切ったのは何年も前のことでしょ!」
友人も、母も、あたしを含む日常を守るために尽力していることが分かった。
あたしも手伝えることがあると知っても尚、曖昧なまま。
(……それって)
きっと、あたしがすこし危なっかしく見えるから?
それならいい。表向きのあたしが守られることで、皆が満足するというなら。
それとも──自分が尽力して、あたしの頑張る分を失わせるというのなら。
あたしが頑張らなくてもいい世界とやらを、作ろうというのなら。
あたしは、戦わないといけない。
それを許してはいけないのだ。
だって。
「それって……なんか、勝手じゃん」
「ずるいよ」

「勝手に全部引き受けて、あたしの全てを救った気にならないで」