RECORD

Eno.14 卯日 蜜奈の記録

ただ、誰かの鑑であるために


この記録は、Eno.187:千賀朱明の『熱の名残』の続きです



今日は自宅に千賀さんが来ていた。
母に、あたしや桜空先輩に起きてる一連のことを問う、という名目で。

実のところ、本当にお母さんが神秘を行使している、なんて聞いても、
驚きはしたものの、それ以上特に何かを感じることはなかった。

「そういうものか」と。

あたしも、友達も、知らない世界の妖怪たちさえも、
皆神秘に関わる者として、今や日常となりつつあるのだ。

今さら肉親も『そう』だと言われて動じることはない。
あたしが見てきたのは、一面だけでは語れない女優だったのだから。

とはいえ──あたしも聞きたいことは山ほどあった。
顔にかけられた一枚のヴェールは、
母子の関係にすらまるで壁を隔てているかのように、厚く、冷たく。

と言っても、家族のことは家族で解決したいから、
お互い別々で話すことになったのだけど。




千賀さんが用を済ませて、家を出て行ってから暫く。
お土産を手にして置き場を探しているお母さんの姿は、至っていつも通りに見える。

「お母さんも、神秘に触れてたんだね」

そう声をかけるとゆっくりと振り返って、そうよ、と頷いた。
普段と変わらない、のんびりとした様。少しだけ安心する。

それから、予め整理しておいた問いをひとつひとつ、投げかけていった。


「療養してるのは、神秘が理由?」
         ───そうだ、と。

「心のことは……本当は、大丈夫なの?」
         ───どちらともいえない、と。母は言う。

「……じゃあ、そのヴェールも……」
         ───今度は、ただ頷くのを答えとした。


曰く、母の神秘は「老化、または退行を引き起こすもの」とされているらしい。
恐らくは、見てしまったのだろう。その影響下にある時の──自分の顔を。

同じ女性であるから、メディアで顔を売るものだから、
その心のうちを、少しだけ掠めることができた。

今、どういう顔をしているかは全てどうでもよくて、
その時見てしまった、垣間見てしまった己の顔を――ただ、恐れているのだろう。

あなたもあたしも。鏡をおそれている。


「……あたしが、神秘に触れたことについては……」

「どう思ってる?」

たっぷりと息を吸って、問いかける。
それでも母はいつも通りだ。


『あなたが無事でいてくれたらそれでいい』と。


あたしのこころは晴れないままだ。
霧がかるよな雲にさんさんと熱を降り注がせて、湿っぽくなっていく。

全てを話してしまいたかった。願いも、疑いも。

あなたが望むなら、あたしの全てを捧げても構わないのだと。
あたしはあたしなりに、できることを行い続けるのだと。


でも、それは、母に対してさえ。
理想の『卯日蜜奈』の行いではない。


家族さえ、自分の表も裏も見せられる相手ではなくなっていた。
それでも。

「ごめん、あたし……」
「お仕事で危ないことしちゃうと思う、けど」

「あたしが心から、したいと思ったから」

言うべきことは言いたいと思った。
虚飾を纏えど、全てに嘘をつくことはできないから。

「だから」

その後の言葉は遮られた。

分かってる、と。表情は相変わらずわからないままだけど。
その声はなんだか、柔らかくて。少しだけ掠れていて。

頭を撫でられて、それ以上は紡げなかった。


その時だけ、いつも通りのお母さんは何処かに行って。
隠されていた本音が、ほんの一瞬だけ、うかがえたような気がした。


「ご飯にしよっか、お母さん」

「最近は友達に料理を教えることもあるんだよ」



「……もう、最後に指切ったのは何年も前のことでしょ!」








友人も、母も、あたしを含む日常を守るために尽力していることが分かった。
あたしも手伝えることがあると知っても尚、曖昧なまま。

(……それって)

きっと、あたしがすこし危なっかしく見えるから?
それならいい。表向きのあたしが守られることで、皆が満足するというなら。


それとも──自分が尽力して、あたしの頑張る分を失わせるというのなら。
あたしが頑張らなくてもいい世界とやらを、作ろうというのなら。


あたしは、戦わないといけない。
それを許してはいけないのだ。

だって。








「それって……なんか、勝手じゃん」


「ずるいよ」




「勝手に全部引き受けて、あたしの全てを救った気にならないで」