RECORD

Eno.187 千賀 朱明の記録

熱の名残

 
今日は嬢ちゃんの家にいって、ご両親に挨拶しにいく日だった。

「語弊がある言い方しないでください!」


失敬。
正確に言えば、どうもキナくさくてならない卯日母に会いに行って、
色々と問い正すつもりで。挨拶するのはそのついでだ。

ただその態度をそのまま出しては問題なので、
こうして菓子折りを持って、礼儀正しく行くという話。
なんなら、父親の方はどうやら裏の関係者ではないようだし。

道すがら、相変わらずくだらない世間話をする。

そろそろ夏休みが終わるが、学業はどうだとか、
友達とはどうだ、なんて、くだらない話。

……振り返ると、オレの方は学校生活の中で殆ど友人を作ってない気がする。

やりたいように研究に没頭して、裏世界に篭って、
そこですら仲間を見つけることなく仕事をする。それだけ。


人間のフリには慣れてきた。だが、社会に迎合するのは今だに苦手だ。
上に立ち続けていた。あるいは独りで過ごしていた。

今更そうでない暮らしに慣れていくには、妖怪として生きていた歴が違う。

「……」

じゃあ、彼らのように記憶を失っていたら――と思うこともあった。
二度もやってるどこぞの鵺をはじめ、鬼に、蜘蛛に。

彼らは何らかの形でそれまでを途切れさせ、新たな人生を歩み始めていた。
まるで自分を人間だとでも勘違いして。

得られた暮らしは大層満足なものだったのだろう、
戻りたいだなんてこと、少しも口には出さなかった。


自分の命は己の平穏な暮らしなんてものに使うつもりはない。
背負いこんだものは、きっと降ろせる場所なんてない。
だから全て仮定の話でしかないのだが。


きっと、思うほど反吐が出るものではないのだろう。





「で……どういう状況なんだこれは」

家に着いた途端、卯日両親に手あつく歓待されていた。
背中を押され、食卓に着かされ、飯を共に。タダ飯食えるのはいいっちゃいいが。

「すみません、あたし高校まであまり友達がいなくて……
 家にあたしの知り合いが来るって、こう、一大イベントなんです」

嬢ちゃんの方もあまり本意な状況ではないからか困った顔。
なまじ、学連じゃなくて仕事関連の知り合いで通してるし、
その上でだいぶ年上っぽい男だしな。親御さんが気になるのも無理はあるまい。

流石というべきか、父親も母親も業界人であるからか、
興味が溢れて隠せていないという様子ではなかったが、
父親の方から微妙に圧を感じる気がする。無理もあるまい二章である。

「あー……」
「まあ、そうですね……娘さんとは仕事の付き合いです」

さりげなく飛んでくる、身の回りの質問。
熟練された駆け引きをのらりくらりと躱す。

(ご両親への"挨拶"とか冗談言うもんじゃねえな……)

とりあえず、嬢ちゃんには当分誠実に関わっていこうと思った食卓であった。







「はあ……なんだかすごく疲れましたが……」
「本題を話すとしましょうか」

用があるからと卯日母を借りようとした際、
食い下がろうとする父親をいったん娘さんに受け持ってもらった。手ごわい男だ。

対する母親は、どちらかといえば好奇心ばかりがあって、
実に余裕のある態度、に見える。表情が分からないから想像でしかないが。

面白くない。そういう感情を視線に乗らないように気を付けて、口を開く。


「貴方は──我々の目撃した神秘事象に関わっている可能性が高い」


……返ってくる言葉はない。続けるとしよう。

「老化、または退行の神秘……でしたね」

「まず一つ聞きたいのは。
 ここ最近、卯日蜜奈――彼女によく似た赤髪の女を裏世界で目撃した、と、
 彼女自身が言っていること。一回目は、初めて裏世界に行く直前。
 二回目は、ちょうど裏世界に慣れてきた頃。何か心当たりは?」

女は怪訝そうに固まっているのが見える。
それから暫くあって、『分からない』、と。

「裏世界に行っていない……そもそも行ったことがない、ですか」

その言葉の真偽も分かったもんではない。が、今は疑っても仕方がない。
大事なのは次だ。正直、嬢ちゃんの悩みの種については二の次だった。

聞いて解決しない問題なら、今考えても仕方がない。
それよりも進めたいことは、鵺の力を取り戻す事。


「なら……御子柴桜空という、
 あなたの娘さんの、学校での先輩について」

「まず、この顔に見覚えは?」

と、資料に使われている写真を差し出す。
   すると――『ある』と、その女は言う。

「それは、やはり娘の先輩として?」と問えば、今度は『いや』 と

「じゃあ──」と返したとき、言葉が止まる。

『記憶を失くしたんでしょう』という少し掠れた声に、我が耳を疑ったからだ。
伝えていないことだ。裏世界に関わる者の中でも、
神秘管理局の一部の人間を除けば、うちの関係者しかしらない。

卯日蜜奈が伝えたのか?いや、有り得ない。
それこそ"裏世界の話"だ。わざわざ療養してる人間に伝える意味がない。じゃあ……?


「お前が」


「お前がやったのか?」


取り繕うのを忘れて、実に冷たく、平坦な声が出る。
それを受けても動じる素振りさえ見せない女は──





『その子に頼まれたの』

『あなたの神秘を、おれに使って って』





もう一度、耳を疑う。さっきよりも一層深く。

桜空が?いや――それは、
有り得るはずが。でも、そこまで知っていて、嘘をつく意味が、ない。

暫く言葉を失って、女のヴェールに遮られた顔を見つめていた。