RECORD
Eno.896 百堂 巡の記録
![]()
そうでしょう。
貰ったあの日からずっと大切にしているので。
![]()
そうでしょう。
曲がりなりにも奉納品ですからね。
![]()
![]()
そうなんです。
でも職人さんではなくて、利発な子で。少し緊張した顔で鈴を納めてくれたあの子。何処かでぶつけたんだか擦ったんだか頬が少し汚れていて。あの子は。ああ。
誰、だったかな。
ただちょっと、帰る前に煙草を1本吸っていこうかと。
たまに置かれていたせいでうっすらと習慣づいているそれを、汚れる肺でもないので気ままに煙を空に流して、それから塾に帰ろうと思っただけだった。
![]()
![]()
後ろからぬっと乗り出してきた白い顔……ではなく、浴槽。
何も起きなかったのなら感謝されることはひとつも無いんだけれど、律儀な人の子は駆け抜けた平均台の話をきっちり通すつもりで追いかけてきたらしかった。
報賽でもないし流そうと思ったんだけどな。真面目だ。
![]()
![]()
良いことだ。良い子だ。
どんなにか自分が「大丈夫」と思ったって周りにその確信が伝わるワケではないのだから。心配しなくても大丈夫だよと言葉以外でも示そうと考え至るのには、結構な心の余裕と視野が要る。
誰かの不安がそれで少しでも拭えたなら。
あるいは、誰かが心配してきた時のための備えになれていたなら。
それこそ、
それこそ、なんだっけ。
まあ、かつての本懐みたいなものですから。
![]()
![]()
ああ、なるほど。
表世界で苦労している子たちがそれだけ目につくんだろう。そう思えば宣伝もひとつの手なのかもしれないけど、いまいちどう宣伝の文句をつけたものか。
教え子たちに苦労は無いのだ。
無い、と言うか、彼らは楽しくてやっているから。
それはきっと深刻な苦労とは一線を画すもので、そういう意味では裏の塾は娯楽みたいなところが少しあるのかもしれない。
![]()
![]()
![]()
是非どうぞ。お待ちしてます。
人間を害する子も恐れる子もいないから、この子の思っているより塾は賑やかでしょうもない様相かもしれないけど。
……いや、代表として来られると不味いんだろうか?
遊びに来てくれた暁には、珍しい方の人間って形で紹介した方がいいのかもしれない。
何にせよ、きっといい刺激になる。
![]()
よくぞ聞いてくれました、と言おうとした言葉が喉に引っかかった。
![]()
![]()
![]()
![]()
そうですね、もしかしたら職人になれたのかも。
覚えてませんけど。
![]()
![]()
そうですね、僕も気になります。
何の鈴だったろう。
誰に貰った鈴だったろう。
自慢したいくらいには気に入っていて、手元に戻ってきてほっとした程度には大事なんだけど。そこまで言えば多分「なぜ」が返される。
その「なぜ」の答えは、僕の手元にはもう無い。
![]()
![]()
そうですね。その通りです。確かにその通りなんだけど、人間にそれを言ってはややもすると不自然な形で信仰が再発してしまうから。
それに素直に「はい」は返せない。
それをセンドウさんは許容しない。
名探偵ですねえ、なんて返せるなら返したかったところだ。
何を妖として神とするかは人間の領分。
人間と神秘は会話なんてできないもの。
だのに、妖が人間に神を名乗るなんて道理が通らない。
![]()
苦し紛れに話を戻したことには気が付かれなかったみたいで、そこが今日1番の幸いだったかもしれない。そう言えば名刺にアクセスまで書いてあるんだった。
あんまり自分の話を避けすぎても失礼だろうか。
今度会った時には、言えないことがあるって話くらいはしようかな。
鈴、褒めてくれてありがとう。って。
言いそびれてしまった。
d15.未処理の御礼
「きれいな音がするよね」
そうでしょう。
貰ったあの日からずっと大切にしているので。
「気分が上がったよ」
そうでしょう。
曲がりなりにも奉納品ですからね。
「私がお借りした物も、その人が作った物なのかな?」
「職人さんがいるんだね!」
そうなんです。
でも職人さんではなくて、利発な子で。少し緊張した顔で鈴を納めてくれたあの子。何処かでぶつけたんだか擦ったんだか頬が少し汚れていて。あの子は。ああ。
誰、だったかな。
発端
ただちょっと、帰る前に煙草を1本吸っていこうかと。
たまに置かれていたせいでうっすらと習慣づいているそれを、汚れる肺でもないので気ままに煙を空に流して、それから塾に帰ろうと思っただけだった。
「塾長さんに改めて感謝とか、塾のお話とか聞けたらなと思ってきたけど」
「お邪魔だったかな?」
後ろからぬっと乗り出してきた白い顔……ではなく、浴槽。
何も起きなかったのなら感謝されることはひとつも無いんだけれど、律儀な人の子は駆け抜けた平均台の話をきっちり通すつもりで追いかけてきたらしかった。
報賽でもないし流そうと思ったんだけどな。真面目だ。
「実のところ全然道中も目的地も問題がなかったんだ」
「でも私が1人で行く事に何人かから心配されててね、それでできる限りの安全策をかき集めたかった」
良いことだ。良い子だ。
どんなにか自分が「大丈夫」と思ったって周りにその確信が伝わるワケではないのだから。心配しなくても大丈夫だよと言葉以外でも示そうと考え至るのには、結構な心の余裕と視野が要る。
誰かの不安がそれで少しでも拭えたなら。
あるいは、誰かが心配してきた時のための備えになれていたなら。
それこそ、
それこそ、なんだっけ。
まあ、かつての本懐みたいなものですから。
「塾生さんたちはどんなお困りごとが多いのかな」
「その子たちも苦労が多い筈だし、何か考えられればと思ってね」
ああ、なるほど。
表世界で苦労している子たちがそれだけ目につくんだろう。そう思えば宣伝もひとつの手なのかもしれないけど、いまいちどう宣伝の文句をつけたものか。
教え子たちに苦労は無いのだ。
無い、と言うか、彼らは楽しくてやっているから。
それはきっと深刻な苦労とは一線を画すもので、そういう意味では裏の塾は娯楽みたいなところが少しあるのかもしれない。
「表の人間に接することが助けになるってことだね」
「それくらいだったらお安い御用だよ」
「表世界の人間代表として遊びに行くよ」
是非どうぞ。お待ちしてます。
人間を害する子も恐れる子もいないから、この子の思っているより塾は賑やかでしょうもない様相かもしれないけど。
……いや、代表として来られると不味いんだろうか?
遊びに来てくれた暁には、珍しい方の人間って形で紹介した方がいいのかもしれない。
何にせよ、きっといい刺激になる。
「鈴を塾では配っているのかい?」
よくぞ聞いてくれました、と言おうとした言葉が喉に引っかかった。
「きれいな音がするよね」
「走って移動中も鈴がしゃらしゃら鳴ってて気分が上がったよ」
「私がお借りした物も、その人が作った物なのかな?」
「職人さんがいるんだね!」
そうですね、もしかしたら職人になれたのかも。
覚えてませんけど。
「大切な品なんだね」
「もともと何用の鈴か分からないのも気になるけど......」
そうですね、僕も気になります。
何の鈴だったろう。
誰に貰った鈴だったろう。
自慢したいくらいには気に入っていて、手元に戻ってきてほっとした程度には大事なんだけど。そこまで言えば多分「なぜ」が返される。
その「なぜ」の答えは、僕の手元にはもう無い。
「塾長さんはもともとは、
どこかの地主か神主さんだったりするのかな」
「いや、塾長さんの場合は八百万ってやつかな」
そうですね。その通りです。確かにその通りなんだけど、人間にそれを言ってはややもすると不自然な形で信仰が再発してしまうから。
それに素直に「はい」は返せない。
それをセンドウさんは許容しない。
名探偵ですねえ、なんて返せるなら返したかったところだ。
何を妖として神とするかは人間の領分。
人間と神秘は会話なんてできないもの。
だのに、妖が人間に神を名乗るなんて道理が通らない。
「?」
苦し紛れに話を戻したことには気が付かれなかったみたいで、そこが今日1番の幸いだったかもしれない。そう言えば名刺にアクセスまで書いてあるんだった。
あんまり自分の話を避けすぎても失礼だろうか。
今度会った時には、言えないことがあるって話くらいはしようかな。
鈴、褒めてくれてありがとう。って。
言いそびれてしまった。
