RECORD

Eno.896 百堂 巡の記録

d16.水面下

「あれが鈴貸したっていう人間かい?」
「あらやだ、見てたんなら普通に顔出してくれたら良かったのに」
「そんな寄ってたかったって目ぇ回るだろ。
 やれ猫又だ、やれ七不思議だ、んでアンタまでいるんだから」

夕日とも朝焼けともつかない橙色が差し込む台所。
胡乱な4つの眼差しを塾長へ向けて、四ツ目の講師は「寄越しな」とその手に持たれていた湯呑みをお盆ごとまとめて回収していくらか古びたシンクへと置いた。

きゅ、と蛇口をひねる音。
微かな水の匂い。

「あんまり突っ込むなよってちゃんと言っただろうね」
お月様・・・ですか? 勿論。
 あの子はその内北摩を出るみたいですからね、うっかり神隠しにでも遭ったら大変です」

目が合うとは興味を引くということだ。
その怪奇が善性だろうが悪性だろうがそこはほとんど変わらない。だから、講師として人間に警告するのはひとつのお決まりにも近しい。
現実人間神秘怪奇は交わる方がイレギュラー。
どれだけ人間たちがこちら側に踏み込むとしても、どれだけ自分たちが何食わぬ顔であちら側に溶け込むとしても。それはこの先の普通にはきっとなり得ない。

湯呑みを沈めた桶に水が溜まっていく。
人間は水中では息ができないし、魚は空気中では息ができない。それと同じこと。

いやまあ、何故か水中で息をしているのが彼女だけど。

「手が多いあたり人が作った神様なんでしょうけど、女の子とも言ってたんですよね。じゃあ仏教とはまた別枠なのかなあと思ったりなんだり。
 四ツ目さんはなんか知ってる話あります?」
「無いねぇ。アンタと似た 忘れられた 側の怪奇じゃないのかい?」
「ンー肩身が狭い……」

そうだとしたら、堂々と「場合によってはちょっと割り込みます」みたいな雰囲気醸し出してる鈴を手渡すべきではなかったんだろうか?
渋い顔をする道の怪奇を他所に、四ツ目はスポンジに洗剤を控えめに撒いている。

「気にしなくていいと思うけどね。
 アンタ別に悪目立ちできるほど力無いんだから」
「ごもっとも」

本気で好き勝手できるのは自分の縄張りだけなので。
考えすぎかあとため息混じりに持ち上げられた片手が、ほとんど中身の減っていない頂き物のお茶っ葉の缶をそっと戸棚に入れる。

「今度あの子が来たらこれ出してやってくださいね」
「アンタの客だろ。手前で出しな」