RECORD
Eno.32 不藤識の記録
record. 『帰省』
実家の敷居をまたぐ。
両親はまだ仕事中だったので、先に入って荷物を整理する。
一人分にしては少々多く、二人分にしては少々少ない手荷物の量。
自分そっくりの顔つきをした黒髪の青年を横目に、荷解きを進めた。
「ちゃんと自分の実家だっていう実感があるな」
「不思議なもんだが、毎日ここで暮らしていた記憶がちゃんとある」
隣から聞こえてくる声に頷きを返す。
彼はずっと自分の中にいて、自分と同じ視界を通して、自分と同じ匂いを嗅いで、自分と同じ音を聞いて生きていたのだ。
その間、この身体はほとんど俺が動かしていたものだから、そこまで実感を得ることがあるのか、と若干の疑問が浮かぶこともあったが。
その横顔を見れば、そんな疑念もすぐに晴れてしまう。眉を寄せた顔は相変わらずの仏頂面だが、その口元は微かに緩んでいた。
言葉が続くことはなく、暫く無言の時が流れて。
その間も黙々と荷ほどきを進めたが、結局すぐに終わってしまって。かかった時間は6分ほどだったのだから、少々驚いてしまった。
時の流れは緩やかで、かつての姿とは大違い。
己の前髪をすくってやれば、指の間には真っ白な毛先が見える。
こちらは未だに違和感があって、慣れないものだ。数日前までは黒かった自分の髪が、すっかり真っ白になってしまって。自分の髪である実感が湧かない。
「……全然、調子が悪くないんだよね」
「そうか」
「うん。前より全然。身体が軽い」
「その話は5回目だ」
もうそんなにしたっけ。
自覚のない繰り返し、このような髪色も相まって、仕草が老人に似てきたかな。
これは少々失礼か。言葉には出さないようにしよう。
「説明がスムーズになる分にはいいでしょ。これから話すんだし」
自分の部屋には幾つかの古いゲーム機があった。
久しぶりにそれを起動しよう。色のない過去を振り返りながら。
――――――――――
その日の夕飯はお寿司だった。
父が帰りに買ってきてくれたお店は、記憶の中ではお高いものだったはずで。
とても珍しい夕飯を前に食卓を囲むことは、はたしていつぶりだったか。
母は、今日は新しい家族を迎え入れる祝いの席だと言った。俺の裏事情はすべて知った上で、彼を新しい家族として認めたのだ。
今までもずっと一緒にいたのだから、と。その時の彼は、少し珍しい表情をしていた気がする。根が優しい子だから、違和感を覚えることはなかったが。
それを見て笑っていたら、脇腹を小突かれたことは納得いかないけど。あの肘打ちは結構痛かった。彼はまだ本調子ではなさそうだ。
「それで、識の寿命について問題はなさそうか?」
「うむ、驚嘆よな。識の魂はあるべき形を取り戻しつつある。器の寿命が尽きるまで、その生が邪魔されることはなかろうよ」
父はこれまた珍しく酒を飲み、母は彼のこれからの生活に興味津々だった。
俺と同じ学校に通うことは事前に報せていたけど、その詳細が知りたいのだと。
それは俺についても同様で、以前より多少なりとも明るくなったところには、二人とも驚いている様子だった。
男子三日会わざれば刮目せよと返せば、苦虫を嚙み潰したような顔をされた。納得いかない。
「それなら何よりだ。俺の方はどうなってる」
「器も学徒なりに好く造られておるが、京介には合っておらん。日が昇る前に手直しをするが、暫くは満足に玄を操ることはできんよ」
明日も仕事だといって、夕飯が終わればそのまま解散となったけど。
夜の時間になれば、こうしてしろひめさまがやってくる。
実母との契約の効力で、定期的にこうして顔を見て安全の確認をしなくてはいけないらしい。
「そうか。どのくらいまでなら許可を出せる?」
「変化の術は弁えるのが好い。転移も同様であろう。その姿以外はふたつに定めよ」
京介の方は、神秘の扱いにまだ不調を感じているらしいけど。
それでも、ちょっとずつ前に進んでいるみたいだ。
出力が抑えられていること自体は問題ないから、あとは暴走の危険がないように制御するだけ。
「わかった。能力のストックが3つってことだな……で、この身体でいる以上は実質2つか」
「そのようじゃの」
俺の方は問題なかったようで、軽い診察程度で終わった。
以前よりも神秘を帯びやすくなっている点について注意しなければいけないと言われたけれど、よほどのことがない限りは影響も少ないはずだ。
「暫く不便になるが、仕方ないか……今までが無法だったのもあるが」
「質は今とそう変わらぬ。伸びしろ、というやつじゃ」
「はいはい」
「返事は一回だと習わんかったか?」
二人も仲が良さそうで何より。
そんな二人を眺めた後、今までを思い出すように鍛錬をして、夜を過ごすことになった。
――――――――――
翌日は溜まった映画をひたすら見続けた。
白亜も誘って、お菓子を片手に。
京介には断られた。今は広間でダンスを連取しているらしい。凄く熱心だなぁと思う。
俺も人の事言えないか。
俺にとって料理と映画は、今思えば生きる楽しみでもあった訳だし。だから今もこうして、飽きずに見続けている。良い作品を探し続けている。
明日は何をしよう。
ギターの演奏でもしようかな。みんなに練習の成果を披露したいな。
あぁ、なるほど。
健康で普通な帰省って、結構楽しいんだな。
ようやく分かった。
俺の実家って温かい場所なんだ。
白亜のスパルタ教育だけは未だに勘弁だけど。
アレだけはちょっと……かなり……嫌かなぁ……
両親はまだ仕事中だったので、先に入って荷物を整理する。
一人分にしては少々多く、二人分にしては少々少ない手荷物の量。
自分そっくりの顔つきをした黒髪の青年を横目に、荷解きを進めた。
「ちゃんと自分の実家だっていう実感があるな」
「不思議なもんだが、毎日ここで暮らしていた記憶がちゃんとある」
隣から聞こえてくる声に頷きを返す。
彼はずっと自分の中にいて、自分と同じ視界を通して、自分と同じ匂いを嗅いで、自分と同じ音を聞いて生きていたのだ。
その間、この身体はほとんど俺が動かしていたものだから、そこまで実感を得ることがあるのか、と若干の疑問が浮かぶこともあったが。
その横顔を見れば、そんな疑念もすぐに晴れてしまう。眉を寄せた顔は相変わらずの仏頂面だが、その口元は微かに緩んでいた。
言葉が続くことはなく、暫く無言の時が流れて。
その間も黙々と荷ほどきを進めたが、結局すぐに終わってしまって。かかった時間は6分ほどだったのだから、少々驚いてしまった。
時の流れは緩やかで、かつての姿とは大違い。
己の前髪をすくってやれば、指の間には真っ白な毛先が見える。
こちらは未だに違和感があって、慣れないものだ。数日前までは黒かった自分の髪が、すっかり真っ白になってしまって。自分の髪である実感が湧かない。
「……全然、調子が悪くないんだよね」
「そうか」
「うん。前より全然。身体が軽い」
「その話は5回目だ」
もうそんなにしたっけ。
自覚のない繰り返し、このような髪色も相まって、仕草が老人に似てきたかな。
これは少々失礼か。言葉には出さないようにしよう。
「説明がスムーズになる分にはいいでしょ。これから話すんだし」
自分の部屋には幾つかの古いゲーム機があった。
久しぶりにそれを起動しよう。色のない過去を振り返りながら。
――――――――――
その日の夕飯はお寿司だった。
父が帰りに買ってきてくれたお店は、記憶の中ではお高いものだったはずで。
とても珍しい夕飯を前に食卓を囲むことは、はたしていつぶりだったか。
母は、今日は新しい家族を迎え入れる祝いの席だと言った。俺の裏事情はすべて知った上で、彼を新しい家族として認めたのだ。
今までもずっと一緒にいたのだから、と。その時の彼は、少し珍しい表情をしていた気がする。根が優しい子だから、違和感を覚えることはなかったが。
それを見て笑っていたら、脇腹を小突かれたことは納得いかないけど。あの肘打ちは結構痛かった。彼はまだ本調子ではなさそうだ。
「それで、識の寿命について問題はなさそうか?」
「うむ、驚嘆よな。識の魂はあるべき形を取り戻しつつある。器の寿命が尽きるまで、その生が邪魔されることはなかろうよ」
父はこれまた珍しく酒を飲み、母は彼のこれからの生活に興味津々だった。
俺と同じ学校に通うことは事前に報せていたけど、その詳細が知りたいのだと。
それは俺についても同様で、以前より多少なりとも明るくなったところには、二人とも驚いている様子だった。
男子三日会わざれば刮目せよと返せば、苦虫を嚙み潰したような顔をされた。納得いかない。
「それなら何よりだ。俺の方はどうなってる」
「器も学徒なりに好く造られておるが、京介には合っておらん。日が昇る前に手直しをするが、暫くは満足に玄を操ることはできんよ」
明日も仕事だといって、夕飯が終わればそのまま解散となったけど。
夜の時間になれば、こうしてしろひめさまがやってくる。
実母との契約の効力で、定期的にこうして顔を見て安全の確認をしなくてはいけないらしい。
「そうか。どのくらいまでなら許可を出せる?」
「変化の術は弁えるのが好い。転移も同様であろう。その姿以外はふたつに定めよ」
京介の方は、神秘の扱いにまだ不調を感じているらしいけど。
それでも、ちょっとずつ前に進んでいるみたいだ。
出力が抑えられていること自体は問題ないから、あとは暴走の危険がないように制御するだけ。
「わかった。能力のストックが3つってことだな……で、この身体でいる以上は実質2つか」
「そのようじゃの」
俺の方は問題なかったようで、軽い診察程度で終わった。
以前よりも神秘を帯びやすくなっている点について注意しなければいけないと言われたけれど、よほどのことがない限りは影響も少ないはずだ。
「暫く不便になるが、仕方ないか……今までが無法だったのもあるが」
「質は今とそう変わらぬ。伸びしろ、というやつじゃ」
「はいはい」
「返事は一回だと習わんかったか?」
二人も仲が良さそうで何より。
そんな二人を眺めた後、今までを思い出すように鍛錬をして、夜を過ごすことになった。
――――――――――
翌日は溜まった映画をひたすら見続けた。
白亜も誘って、お菓子を片手に。
京介には断られた。今は広間でダンスを連取しているらしい。凄く熱心だなぁと思う。
俺も人の事言えないか。
俺にとって料理と映画は、今思えば生きる楽しみでもあった訳だし。だから今もこうして、飽きずに見続けている。良い作品を探し続けている。
明日は何をしよう。
ギターの演奏でもしようかな。みんなに練習の成果を披露したいな。
あぁ、なるほど。
健康で普通な帰省って、結構楽しいんだな。
ようやく分かった。
俺の実家って温かい場所なんだ。
白亜のスパルタ教育だけは未だに勘弁だけど。
アレだけはちょっと……かなり……嫌かなぁ……