RECORD
Eno.14 卯日 蜜奈の記録
お母さんに会ってから、千賀さんは心ここにあらずと言った様子で。
最近は裏のお仕事でも共に行動することが少なくなってきた。
あたしも、戦い始めて数か月も経ったもので、
流石に頼れる大人がいなくて心細いとかは思わなくなってたけど。
指定された場所で調査を行い、
あるいは溢れた怪奇にお灸を据える、
それぐらいはもう、ひとりでもそれなりには熟せる。
今日もその一環。学校帰りに一仕事。そのつもりだった。
──仕事を終えたあとに、それと出会うまでは。
その紅い髪を見るのは二度目だった。
あの時は固まってしまって、何もできなかったけど、
今回は身体が勝手に動いて追いかけていた。
ずっと考えていた。出会えたら何を言うべきか、
どれを知ってほしいか、ずっと、ずっと!
でも今は思案なんて吹き飛ばして足を動かしている。
本当は誰かに相談した方がいいって分かってるのに、でも、
それを逃したらチャンスはもう巡ってこないかもしれないから。
チャンスは掴むべきだから──って、また、狡いことを考えている。

裏世界の歪んだ袋小路。それが、ようやく振り向く。
──あたしと瓜二つの少女が、そこにいる。
何処からどう見ても、表裏もない卯日蜜奈だ。

柔らかい声色。あたしを前にして何も動揺することはなく、
ただ平常心のあたしが、そこにいる。

対するあたしは変わらず畏れを抱いている。
でも心の準備をしていたとなれば幾らか受け答えはできた。


思いの丈を絞り出す。
彼女の目的は分からないけど、不思議と、
あたしのやりたいことは全部伝わっている気がした。
同じ自分だから――ではなく。もう一人のあたしはまるで、何でも見透かしているようで。
「……」
「ありがとう」
「何も心配しなくて大丈夫だからね」
「きっとあたしたち、うまくやれる」
緩く微笑んで、軽やかな足取りで近づいてくる。
……神秘を纏う者の気配がする。その手がするりとあたしの頬に伸びて。
「今は、少しだけ身体を休めて」
視界が暗くなる。胸の内が、どんどん温かくなっていく。
ああ、言おうとしていたことが全然言えない。まだ夢を見ているような気分だ。
少し呆気に取られてる間に、全てが進んでいってしまう。
あたし、これからもっとしっかりしなくちゃいけないのに。
「ねえ!待って……あたし、貴方に……」
必死に声を張り上げて引き留めようとするのを、
あの子は「わかってる」と言って、やんわりと制する。

「だから時間がある時に──沢山、お話を聞かせてね」
その言葉を最後に、視界が一度闇に塗りつぶされる。
心ばかり先走っている。少し、落ち着かないといけない。
これからどうなるにしろ、ここからが始まりだから。
あたしの醜い部分を隠して、裏で戦い、表を演出する。その一歩目。
──鼻の奥を、つんと刺すような花の香りがした。
暗闇の中で暫く、体育祭のことを思い出していた。
行事中ではたいしたことはできなかったけど。
それに誘われたこと。終わった後に、ありがとうと言われたこと。
暖かい思い出として、胸の中にひと際輝いている。
あたしにはそれだけでいい。
今から、それだけでよくなる。
……みんなは、気づくかな。
あたしの良くない部分が表からなくなったって。
どちらにせよ、こう思うことすら、きっとあたしにはいらない。
それは夢を与える存在であればいい。
それは皆を守る存在であればいい。
それが誰かの願いを妨げてしまうなら──負けないように、ありたい。
誰しもが、自分を一人にしないでいられるように。
I・愛・YOU
お母さんに会ってから、千賀さんは心ここにあらずと言った様子で。
最近は裏のお仕事でも共に行動することが少なくなってきた。
あたしも、戦い始めて数か月も経ったもので、
流石に頼れる大人がいなくて心細いとかは思わなくなってたけど。
指定された場所で調査を行い、
あるいは溢れた怪奇にお灸を据える、
それぐらいはもう、ひとりでもそれなりには熟せる。
今日もその一環。学校帰りに一仕事。そのつもりだった。
──仕事を終えたあとに、それと出会うまでは。
その紅い髪を見るのは二度目だった。
あの時は固まってしまって、何もできなかったけど、
今回は身体が勝手に動いて追いかけていた。
ずっと考えていた。出会えたら何を言うべきか、
どれを知ってほしいか、ずっと、ずっと!
でも今は思案なんて吹き飛ばして足を動かしている。
本当は誰かに相談した方がいいって分かってるのに、でも、
それを逃したらチャンスはもう巡ってこないかもしれないから。
チャンスは掴むべきだから──って、また、狡いことを考えている。

「……」
裏世界の歪んだ袋小路。それが、ようやく振り向く。
──あたしと瓜二つの少女が、そこにいる。
何処からどう見ても、表裏もない卯日蜜奈だ。

「……あたしが怖くないの?」
柔らかい声色。あたしを前にして何も動揺することはなく、
ただ平常心のあたしが、そこにいる。

「まだ──怖い、けど」
対するあたしは変わらず畏れを抱いている。
でも心の準備をしていたとなれば幾らか受け答えはできた。

「それでも、やっぱりあたし……
貴方のことを待っていた気がするの……!」

「どうしようもないあたしの生き方を」
「何らかの形でも変えてくれる……そんなひとを」
思いの丈を絞り出す。
彼女の目的は分からないけど、不思議と、
あたしのやりたいことは全部伝わっている気がした。
同じ自分だから――ではなく。もう一人のあたしはまるで、何でも見透かしているようで。
「……」
「ありがとう」
「何も心配しなくて大丈夫だからね」
「きっとあたしたち、うまくやれる」
緩く微笑んで、軽やかな足取りで近づいてくる。
……神秘を纏う者の気配がする。その手がするりとあたしの頬に伸びて。
「今は、少しだけ身体を休めて」
視界が暗くなる。胸の内が、どんどん温かくなっていく。
ああ、言おうとしていたことが全然言えない。まだ夢を見ているような気分だ。
少し呆気に取られてる間に、全てが進んでいってしまう。
あたし、これからもっとしっかりしなくちゃいけないのに。
「ねえ!待って……あたし、貴方に……」
必死に声を張り上げて引き留めようとするのを、
あの子は「わかってる」と言って、やんわりと制する。

「君のことを、気持ちを、思い出を、あたしに教えたいんでしょう」
「でも、家に帰るのが遅くなったら心配されちゃうよ」
「だから時間がある時に──沢山、お話を聞かせてね」
その言葉を最後に、視界が一度闇に塗りつぶされる。
心ばかり先走っている。少し、落ち着かないといけない。
これからどうなるにしろ、ここからが始まりだから。
あたしの醜い部分を隠して、裏で戦い、表を演出する。その一歩目。
──鼻の奥を、つんと刺すような花の香りがした。
暗闇の中で暫く、体育祭のことを思い出していた。
行事中ではたいしたことはできなかったけど。
それに誘われたこと。終わった後に、ありがとうと言われたこと。
暖かい思い出として、胸の中にひと際輝いている。
あたしにはそれだけでいい。
今から、それだけでよくなる。
……みんなは、気づくかな。
あたしの良くない部分が表からなくなったって。
どちらにせよ、こう思うことすら、きっとあたしにはいらない。
それは夢を与える存在であればいい。
それは皆を守る存在であればいい。
それが誰かの願いを妨げてしまうなら──負けないように、ありたい。
誰しもが、自分を一人にしないでいられるように。