RECORD

Eno.187 千賀 朱明の記録

決して染まらぬヴァーミリオン

 

その日、俺はある少女のことを探しに出ていた。

自分が考えを纏めている間に連絡がつかなくなったとなれば、
契約を交わした者として心穏やかにはしていられない。

ただまあ、そいつのいる場所を突き止めるのは簡単だった。
普通に学校に通ってたしな。


だから下校時、彼女が一人になったタイミングを見計らって声をかける。

「蜜……」




「じゃないな」
「誰だテメエは」

即座に、振り向いたそいつの異様さに気づく。
確かに卯日蜜奈と瓜二つだ。だが──


「オレは一度契りを交わした相手は間違えない」
「ウチの妖怪はそういう風にできている」



原理とかそういうものはない。
ただ『約束』をした相手を違えることはない。そういうものだ。



「やっぱり貴方に隠し事はできないな」

「応えろ、誰だ──」

改めて問いただそうとするが。
相手は全く意に介さずに身を翻して、どっかへと駆け出していく。


「じゃあね!」


「だあっテメエ!」



これだから年頃の少女は追いかけっこが好きで困る!
しかし今回はきちんと想定している。二度も同じ過ちはしない。

都市環境トラバース論を学んでる奴に鬼ごっこで勝てると思うなよ……!

逃げる赤髪をめがけて看板を飛び、軒先に手をかけ、
容易く少女との間の距離を埋めていく。すぐ、もうすぐ少女に手が──

いや──?



足を緩めて咄嗟に防御姿勢を取る。
その間に表世界の容が歪み、常識外れの景色に移り変わっていって。

 
《焼 き つ け》ボルカニックブロウ!」

実態を持たない熱がオレの腕を軽く炙っていく。
やはり。敢えて追わせて、まんまと裏世界へと誘導されていた。

「……今のは敵対行動か?
 もしそうなら、機関への報告義務が発生するが」

「まさか。千賀さんって、
 こういう女の子が好みなんでしょう」



少女は挑発するように笑っている。
罠だ。ここで勝負に乗れば、適当にあしらわれて逃げられるのがオチ。


「いいぜ相手してやるよ小娘ェ……!」



だが吠える。叫んで、腹の中にエネルギーを貯めるように。
さんざ誘われて、ここで退くという選択肢は俺様にはない。



唸って、拳を避け、瓦礫をぶつけられ、
距離を詰めようとしたところに蹴りで薙がれる。

発煙弾のピンを力強く噛みしめて引き抜き、地面に叩きつけ、
スモークに紛れた突貫も容易く躱されてしまう。

「そんなに大声を上げてたら」
「見えなくても何しようとしてるか分かるよ」

運動生理学を学んでる奴に対して、一秒というものは余りにも長い。
俺が一つ動くたび、あいつは三、四は動いてくる。
機を待たなくてはならない。だが、気迫だけは残す。吠える、叫ぶ。



「……」

ただ声を張り上げる様子に対し、流石に何か違和感を覚えたか、
こちらの動きを探るような動作が増えてくる。

熱波は自分の身を護るように配置し、
一挙手一投足を牽制するべく殴りを飛ばしてきて。

そうだ、それでこそ思う壺だ。
時間を稼ぐだけ稼いで──一瞬で決める。



「!」

一足、踏みこみ、飛んできた熱気を避けて更に潜り込み、
繰り出してきたラッシュを背で受けて外套に手を突っ込む。

取り出したるは機巧ながらブン殴りにも使える道具、
マイクとは違う、だが音を増幅させる──

「君は……集合行動心理形成理論を、知ってるな」
「それって──」

手にしたメガホンを見て、紡いだ言葉を聞いて、
相手は大きく目を見開く。ようやく気づいたか、それでももう遅い!

咆哮フーリガンッ!」

音圧で怯ませて、すかさず距離を詰める。
胸倉をつかんで、軽々と持ち上げて、溜まった怒りをぶつけるかの如く、地面へ!


百鬼ィ夜行リィベリオンッ───!!」



叩きつけるッ!!






振動と共に、地面がひび割れる。
相手の神秘的な守りを打ち砕き、偽りの姿が剥がれていく。

そこに浮かび上がってきた存在は──


「いたた……」
「もう、流石に、乱暴がすぎるよ……」



「お前……桜空、か?」

その女は赤毛ではない。
どちらかと言えば春色のように感じる。だが、違和感を覚えた。

桜色とは言い切れない。というかそもそも、貌の全容が分からない。
実態を覗けない。ただ少女だという印象しか感じられない。

「これは──」

可能性を潰していくとしよう。

人間の方の桜空は神秘を扱えない。
仮に裏世界の方に来れることがあっても、こうして戦うことなんかできない。
そもそもあいつも学業がある身だ、誰かの代わりなんて務まらない。

怪奇の方の桜空は監視をつけられている。
こんな形で『表の誰かを騙っている』ならそもそも管理局やアザコロの奴が黙っちゃいない。

まして、卯日母がここまで神秘戦闘に習熟しているとは思わない。
あの日会った時ただならぬ気配こそ感じたが、それは論戦においてだ。

「違いますよ……あたしは、卯日蜜奈、です」

少女は至って動じない。地面に打ち据えられたまま、緩い笑みを浮かべている。

「……でもそうですね。別の呼び方もきっとできる」

「ドッペルゲンガーではありませんよ?ヒントは、ですね──」


「それは、自分勝手な願いの結末」
「それは、我々の抱いた畏れの形」
「それは、得体の知れない謎めいたもの」



「そしてそれは……あなたもまた欲していたもの」




ひとつひとつ、言われたことを噛み砕いていく。
桜空ではない。蜜奈ではある。それは願い、畏れ、正体不明──
そして、俺様が欲していたもの。

「まさか」

頭の中で実を結ぶ。嫌な汗が垂れる。


「そろそろ朝が来る」
「ベッドに帰らないと」

瞬きをすると少女は地面にいない。
少し遠くの場所で、服の埃を払っている。

「待て!」



「また会いましょう、千賀さん」

次の瞬きで、少女はその場から消えた。




後に一人取り残されて頭をガシガシと掻く。
凡その実態は分かった。だが、どうすればいい。

機関の援けは得られるだろうが、己の身から出た錆である。
その責任を問われるのは。正直、あまり好ましいことではない。


「一先ずは……本物の蜜奈を探さねえと……」


何をするにせよ。今日の所は、出直さなくてはならなかった。