RECORD
*転、操、標
* これは 視点の記録です。
「昔、ある所に」
「 は元々」
「運悪く意思を持って生まれた道具でした」
「たいして珍しくもない話」
「神秘を用いて、世界を少しだけ便利にしようとする流れのなか」
「たっぷり神秘の蜜を塗って造られた、
少しだけ出来のいい怪奇、それが でした」
『怪奇』
神秘を中核としたもののうち自律的に動く存在のこと。
生物と同様に代謝を行う個体や、人間に近しい知能を持つ個体も存在する。
「人と変わりない頭の中身を持った の」
「考えることはずっとひとつでした」
(いつまでこの孤独に耐えればいいの?)
「それだけ」
「低級の怪奇が増え、いなくなり」
「名も知らぬヒトが増え、いなくなり」
「いつしか本当に独りになってから、更にしばらく経って」
「覚束ない一本足で這い出た世界の、なんと広いこと」
「 のちっぽけさの、なんと寂しいこと」
「己の顔を」
「長いこと見なかったものですから」
「人様に合わせる顔すら持ち合わせてなくて」
「言葉を伝える口も、そこにはなくて」
「裏世界とやらの勢力の庇護下に入ることもできず」
「ただ、退治されないように逃げ隠れして」
「未だ続く長い孤独を、過ごしていました」
「更に、呆れるほどの時間の経ったある日」
「珍しく、ちょっと騒がしいなと思って」
「ショーウィンドウの内側から、外を覗いたら」

「そこに貴方を見てしまった」
「その願いと畏れに、触れてしまった」
もう一人のあたし──などではない。
もっと根本的なもの。
『自分の代わりがいたら』
たったそれだけの。
「本当なら」
「そこに入っていた」
「でも。その近くには──あの、鵺と」
「それに対するまた別の願いと畏れを抱く者がいました」
『そいつに等しいものがあったら』
それもまた、実に単純な。
「この神秘は、少女に強く働きかけるもの」
「この神秘は、正体の分からぬ故のもの」
だから、その怪異は男性体であったとか、
二つの少女の姿になるとか、
細かいところを上手い具合に繋ぎ止めて。
「……か細い確率の果て」
「私は、彼女らの代わりを務めるようになりました」
「最初は、全て我が物にするつもりでいました」
「羨ましかったから」
「いらないのならくれ、と」
「ほしくてもくれてやらない、と」
「けれど」
「けれど私は、
ヒトとしての暮らしを知ってしまいました」
「食事の、家族の、色恋の、喜怒哀楽の、
温度を知ってしまいました」
「あんなにも焦がれた熱に、
私は大層怖気付いてしまいました」
「こんなものを独り占めするのは、
とても耐えられませんでした」
「誰か、あたしを助けて」
「何かを借りることでしか生きられないあたしを」
「未だ抜け出せない孤独から、どうか連れ出して」

「……なんてね」
「ねえ、こんな一節を聞いたことはある?」
「Mirror mirror,who is the fairest of them all?」
「あたしは、応えました」
「I'm fairest of them all」
「それは」
「王妃様にも、白雪姫にもなれる、
魔法どころじゃない、神秘の鏡」
「もう誰に取り憑く必要もなくなる」
「寄せ集めで形を作る意味もなくなる」
「唯一にはなれない、同率の輝きを捧げましょう」