RECORD

Eno.896 百堂 巡の記録

d20.『いつもありがとう』

餅、饅頭、握り飯。果物。
眠りを知らない体に食事が必要なのかはよく分からないが、半世紀来の雇用主が自分から何かを口にしている時は大体そういうものだ。
ので。
頬杖をつきながら手紙を眺めているその口元に淡い色のマカロンが咥えられているのを見て、四ツ目の講師がつい足を止めるのも無理からぬところだった。

「珍しいモン食ってるね、4代目」
「ん」

顔がこちら側に傾いて、さく、と菓子が噛み割られる。
もくもくと咀嚼する間沈黙が落ちて。
湯呑みを一度傾けて。

「あげませんよ?」
「要らんよ」

貰い物だな。
開口一番の台詞に大体の経緯を察して、講師は文机の横の方へと書類を積んだ。別にお茶の時間を邪魔しないとまずいような火急の仕事でもなし。

ひと口ちょうだいと生徒に言われれば半分渡すのも日常茶飯事なのがこの男であるが、こと人間からあなたにと貰い受けたものに関してはこうやってちょっと主張が挟まる。結局それでも強請られるとひと口譲ってしまうらしいが、主張のあるなしは雲泥の差だろう。
世間話ついでに畳に腰を下ろすと、湯呑から漂ういつもとは違う匂い。

「飲み物まで合わせて淹れたのかい?」
「紅茶ですか? これもね、お菓子と一緒に頂きまして」

あとこっちも。

ひら、と手の中で手紙が揺れる。
聞かなくても言い出す辺り相当に機嫌が良いのだろう。何を考えているかは読みにくいのに、喜怒哀楽のプラスの方だけはどうも分かりやすい。
本人は大抵隠せているつもりになっているらしいが。

「人混みが苦手な子なんですけどね、わざわざ朝から買いに行ってきたんだそうで」
「そりゃ随分頑張ったモンだね」
「でしょう」

ぽん、と声がワントーン上がる。

「ちょっと心配の多い子と言うか……危なっかしいところがあるもんですからね。たまに口を出してはいたんですけども」
「危なっかしい?」
「例えば睡眠薬を瓶でザラっと」
「瓶」
「ヤバいでしょ」
「ヤバいね」

改善の兆しはある、らしい。
それだからここまで素直に喜んでいるのだろう。そうでなければいつもの顔で湯呑み中の紅茶をじっと眺めるとか、そういう態度になりそうな。

ひらりと横へ置かれる手紙。
ちらりと見えた文面に、そりゃあ喜ぶか、と殊更な納得をひとつ。

「お礼へのお返しって変ですかねえ」
「感想だけ言ってやんな、渡した側からしたらその方が嬉しいさ」