RECORD

Eno.139 浮季草 斂華の記録

中途半端

 演じる事に疲れていた。
 演じなければ死ぬかもしれないという理不尽と、誰にも伝えられないという孤独感に苛まれた。
 こうだった筈、という"もしも"を考え出せば、際限なく焦燥感が溢れ出てきたけれど、最近は嫉妬を覚え始めているのは諦めからかな。
 振り返ってみれば、穏やかで、細かい事は気にしない家庭であったことが、自暴自棄にならずに済んだ理由だと思う。
 その優しい家庭から元々の"斂華"を奪っている事になるから、罪悪感はずっと抱える事になったのだけれど。

「色々と申し訳ないしさ。両親から、元の"斂華"を奪ってる様なものだから。」
「……でも最近、凄く楽しいんだ。
 カラオケも、水遊びも、お祭りも焼き肉も皆で行って、勿論、このドッグランも。
 でも、楽しいって感じるほど、もし全部バレたら今の関係、全部壊れちゃうかもって思ったときの落差が、どんどん広がってくんだ。」


「だから……なんでもない。」



 だから、私の神秘を暴いて男を殺してもらおうと思った。
 目の前の、自分の神秘に興味を持ったクラスメイトが、丁度良いとすら思った。
 だけど、他人に自分を殺させるという事の意味を。それを背負わせる事の重みを、口にしかけて初めて感じた。
 改めて、自分はこんなにも、演じる事に疲れていたのだと実感した。

「君が上手く溶け込めているのかとか、もし違和感を他の人が持っておかしいと思ってもさあ、僕多分わかんないんだよね。
 君の在りたいようをそのまま受け入れてしまうと思う」
「だからさー、シンプルな話……そういうタイプの"気にしない"しか、あげれなくてもいいなら」
「仲良くしたいってのは……僕としては、思った。……かなー……」



 だから、その言葉は全くの予想外だった。
 月待よすがが明かした相貌失認。それがある故の日常における常の裏切り。
 だから、"気にしない"しかあげられないと彼女は言った。

 その"気にしない"が本当はずっと欲しかったんだと、気がついた。
 どういう格好をしたとしても、何を選んでも、絶対に"浮季草 斂華"である、そういう人物であるという認識を持ってくれる。
 暴くとは全くの無縁の、裏切り者同士である故の付き合いが。

 その時、確かに自分は、"よすがちゃん"に救われたと思った。
 だから、よすがちゃんの助けになりたいと思ったし、よすがちゃんでなければ駄目だった。

 だからまずは、認識してもらう為にと、色々と自分を意識してみると……今の"浮季草 斂華"は、とうに演じる存在ではなくなっていた事に気がついた。
 恐らく、元から男だったとしても、女だったとしても、今の自分はここにはいないだろう。
 男の意識を捨てたくないのに、女として生きる人間。そんな中途半端な体験をしたからこその"浮季草 斂華"が、今の自分である。

暴けるのに暴かない、中途半端なのが丁度良いんじゃないかなって。」
「勿論、将来的に暴かなきゃいけない時は来るかもしれないけど。」



 ……だけど、それがいつまで続くかは分からない。
 よすがちゃんと、ずっとは一緒にいられないかもしれないのだから。
 きっと将来、立ち振舞だけでなく、心情から全て女の子になることが必要になる時が来るかもしれない。
 たぶんその時が、男だった自分が消える時なのだろうな、という予感がした。

 どうすれば良いか、なんて答えは見つからないけれど。
 今はまだ、中途半端で、彼女が識別しやすい"自分"でいたいと、そう思うのだ。