フェス始まって間もなくのBLUEステージ。
昼前という時間帯もあり観客は屋台のラインナップを確認中なのか、広い観賞スペースには少し寂しい。
その気になれば数えられるくらいにまばらだ。
先程まで調整をしていた舞台スタッフが捌けたステージの中央には、マイクスタンドに添えられるようにノートパソコンが一台。
ポツンと譜面台のように設置されていた。
技術がメインテーマのBLUEステージらしいと言えばそうだが、舞台上はかなりさっぱりとしている。
そんなステージに上がるのは187cmの長身。
切り揃えられた紺のカーテンのような髪をなびかせ、目を引く赤いサングラス、耳元に銀色の十字架が揺れる。
これまた十字架のような変わったデザインのギターを抱えてやって来た。
軽く手を振りながらスタスタとマイクの前に立てば間もなく喋り出す。
「はぁい。はじめまして、ヤマダルフォンです」
まずは最低限の自己紹介。
マイクの向きが気になったのか、傾きを微調整する。
「後に登壇する皆さんのハードルを下げに来ました〜。うちのことは前座だと思って、気軽に聞いてってくださいね〜」
まばらな観客から少しでも反応があったならまだいい方だ。
軽くひと呼吸。
「まずは、うちが誰なのかとか詳しい話は置いといて一曲聞いてください」
まずは実力を見てほしいと言ったところか。
マイクが微かな打鍵音を拾うと、壇上の彼女が纏う空気が変わる。神秘を誤認しそうなほどの静けさがステージを覆う。
バラバラだった観客の視線は、壇上のたった一人に集まる。
静かに始まる曲、BPMは100程度。
『Heart beat』
♪歌を 歌おう
声に出して 私は此処
聞いておくれよ My sweet
♪深呼吸して 足取りを軽く
自然と弾む 心も身体も
空を見晴らし ギターを弾けば
世界色めく 光が溢れる
♪刻むリズムには 心臓が知ってる
口遊むのは 命の詩 思うがまま
♪歌を 歌おう
声を上げて 私は此処
見えるかい?兄弟
♪歌を 歌おう
声響かす 私は此処
そこに居てくれよ My sweet
♪狙い定めて 踏み込みを深く
自然と消える 迷いも悩みも
大地蹴り上げ 飛び込んでいけば
世界震える 希望が溢れる
♪叩くリズムは 心臓が知ってる
口遊むのは 貴方の詩 想いのまま
♪歌を 歌おう
声の限り 私は此処
そうだろう?兄弟
♪歌を 歌おう
声届ける 私は此処
もう逃がさねぇよ My sweet…
演奏が終わると、残響が静寂を運んでくる。
ヤマダルフォン。
なぜ今まで世に出てこなかったのか不思議なほど、稀にみる才華の歌声であった。
「曲目は『Heart beat』でした。ご清聴ありがとうございます」
マイクスタンドから一歩下がり、マイクに当たらないよう一礼する。
聞き終えた観客からは点々と拍手が上がり、つられるように別の拍手が鳴り始める。
歌声を聞きつけたのか、いつのまにか観客の数も増えてきていた。
いいところで拍手の波を遮るように語り出す。
「はぃ、ありがとうね〜。改めまして、うちはヤマダルフォン。ステージにいる間、うちの音楽にお付き合い下さい」
軽くペットボトルの水を飲む。
「えー…うちは貴女大に通ってる華の女子大生なんですが、長身かつ普段からこの身なりで居るんで目立つんですよね〜。」
さっぱりしたステージ上に比較できる物は少ないが準備中よりステージ自体が小さく見えるため、長身である事は一目瞭然だろう。
観客の反応を見つつ、話の続きを始める。
「そんなうちが所属してるサークルがありまして、その名もノーブル電子計算機研究会。通称『NoCRA』でコンピューターの魅力を発信するっていう目的で活動してます」
傍らのノートパソコンを指差す。
先程のバンドのような演奏、ギター以外はこの一台で鳴らしていたようだ。
「うちが代表ではないんですが、その中でも音楽班ってのがありまして…普段は各々で作曲なり活動してるわけです」
両手で宙に何個か輪を描いて、それぞれのジェスチャー。
ちなみに、NoCRAの会長が音楽班なので必然的に音楽班代表は会長なのだ。
彼女の活動のおかげで音楽班もといサークルの実績欄が増えている。
「そんで、さっきの曲もギター以外はこの一台で出力した音でした。コレは一般にデスクトップミュージック、略して『DTM』って呼ばれてます」
訪れている観客達を見渡す。
「来場の皆さんは音楽に関心高いと思うんで、知ってる方多いかもしれませんね。コレは後でもうちょっと語ろうと思います」
語り予告。
MCの軸にする話題なのか。
「そんな手法でソロライブの真っ最中なんですが、うちはココが初でしてね…」
そして初心者宣告。
最初の「前座だと思って〜」のくだりはむしろ自分のハードルを下げてたようだ。
観客の反応はそれぞれ、最初の曲の印象で変わるだろう。
「リハはやり遂げましたが…上手く出来なくても温かい目で見て下さいね〜」
冗談ぶって笑顔を見せてみる。
何か不安材料があるのか、滑り止めに余念がない。一種のフラグではなかろうか?
ここまで結構余計な発言があったせいで、会場の空気が若干白けてきているのを感じた。
「まぁ、初ライブとはいえですよ。もう一曲はやったんでね、調子乗せて行こうと思います」
立て直す意気込みをグッと握った拳で観客席に見せる。
拳にあまりいい反応がなかったので、さっさとライブ進行に戻る。
「それでは、早速二曲目に移りますよ〜」
そう言いながらノートパソコンを少し操作する。
「次の曲はですね〜、このBEGINS KITAMAのステージに立つキッカケをくれた子が居まして…」
意識してしまうのか舞台袖をチラリと見る。
「今もスタッフとして頑張ってくれてるんですが、準備期間にその子から聞き出したエピソードを元に書いた新曲になります…」
自分で言った「新曲」の言葉に引っかかる。
「あぁ、初ライブなんでどれもほぼ新曲ですね!」
ハハハと笑って誤魔化した。
ふぅ〜と深く息を吐く。
「それじゃ、聞いて下さい。彼女に贈る曲は『スターゲイザー』!」
さっきとは打って変わって、軽快な音で曲が始まった。
『スターゲイザー』
♪僕が求めた光は 曇天の向こう
君が寒い暗がりで 届けた旋律
♪望遠鏡で待ちわびた
流星群のオーケストラ
♪嗚呼 僕は スターゲイザー
輝く君は北極星
♪君はある日突然に 星に拐われた
僕は君が還るまで 凍えずに待とう
♪プラネタリウムで思い出す
僕の心のシリウスを
♪宇宙よ 歌え 時を回せ
世界は音で加速する
♪嗚呼 僕は スターゲイザー
煌めく君は一等星
♪君よ 歌え 地球を回せ
世界を音で照らしてけ
♪嗚呼 僕は スターゲイザー
隣の君は太陽さ
「ありがとうございました〜。皆さんも人生で一番光る『星』を見つけて下さいね、案外今日のフェスで見つかるかも?」
だんだん増える拍手を貰いながら冗談をひとつ。
「ここらで、さきほど言った『DTM』について語っちゃいたいと思います。ここに居る皆さんに尋ねたいんですが、DTM知ってるぜ!って方は挙手お願いしま〜す」
自分も手を上げながら観客に伺う。
特にBLUEステージに興味がある層なら、当然のように上がる手は多めだろう。
「おぉ〜居ますね〜さすが。あぁ、ありがとうございます。はぃ、もう腕休ませてもらっていいですよ〜」
手を下げてのジェスチャー。
上がってた手は次々に降りていく。
「今、手の上がらなかった方向けにお話ししましょう。ホントは知ってた!って方も居るかもしれませんしね〜」
存在は知っているものの、そういう名前だと知らなかったなんて事は意外と多いモノだ。
「え〜簡潔に言いますと、『DTM』デスクトップミュージックは、パソコンやスマホ、タブレットなどを用いてデジタル上でできる楽曲制作の総称です」
やけに堅い文章、ほぼ情報サイトからの引用だろう。
「要はデジタル制作の楽曲は全部ソレです。動画サイトでホニャララをアレンジしてみた〜とか音楽系動画で流される音程で上下する棒みたいなの、アレがDTMの楽譜的なヤツ!」
あるある風に言っているが、共通認識かは怪しいざっくりとした説明。
観客達はついて来てるだろうか?
「強みはツール一つで非常に多彩な音を出せる事!イベントだと大人の事情で名前を出しにくい有名な電子の歌姫とか、合成音声の歌なんかもDTMで生まれたモノなんだよね。歌の編集は楽器の音の数倍はかかる上級者向けだけど…」
編集作業の大変さに少し話が逸れる。
準備期間に自分も追われていたので、やや感情がこもっていた。
ハッと我に帰る。
「ともかく。スマホ一つでなんでもできる時代と言われる昨今は、手軽な端末で音楽家も夢じゃないって話!…なんです!」
忘れかけた敬語も帰って来た。
「今日帰ったら音楽始めよう…ってぐらい手軽な時代がもう来てます。なんだかんだで生の楽器演奏が至高って方も多いですが、ソレはソレ。気軽に数万する楽器は買えないですからね!」
ノリで大金をポンと出すのは、どっかの気紛れセレブの戯れとかだろう。
「練習時間もバカにできない」と付け加える。
「まぁそんな時代なので、次回のステージに立つのは今そこの観客席に居る誰かかもしれません!すごいですね〜。夢が広がりますね〜」
通販番組のような賛辞。
観客の反応は無視して、勝手に話をまとめる。
「さて夢のある話はこの辺にして、うちの三曲目に行きましょ〜」
再びノートパソコンを操作して、三曲目のセットをする。
準備が整ったら画面から視線を上げる。
「今度の曲はロック調でフェスらしく盛り上がれる感じ…だと思います」
自信が足りないのか、ちょっとだけ予防線を張った感じがする。
「うちはNoCRAに所属してるって話はしましたが、メンバーはほぼゲーマーでして」
ゲーム機もまたコンピューターであるため、NoCRAのテーマを語る上では欠かせない。
「なんか、うちはさっぱりなんですけどね?それでも、熱狂に値する物であると理解できるくらい皆が楽しそうにやってます」
ただし当方はゲームさっぱりレディである。
「昨今のゲームって凄いグラフィックでモンスター倒すのも多いじゃないですか?三曲目はそんな強靭な戦士達をイメージした曲です」
サークル話からライブ曲の話に急ハンドルで戻ってきた。
「皆さんもモンスターでなくとも、色々な物事言うなれば見えない敵と戦ってると思います。課題であったり、プレッシャーであったり…」
赤いサングラスの下で思いを巡らすように目を閉じる。
「そんなストレス社会に生きる人々にも、届くモノがあればいいな!行くぜ!『超常×上等=Warcry』!」
カッと目を開きキーを押せば、大型スピーカーから押し寄せるドラムの音が流れ始めた。
『超常×上等=Warcry』
♪魑魅魍魎跋扈跳梁
超恐々Don’t you know?
奇想天外Bad超常
来たぞ備えよ 抜刀上等
<b>♪獅子奮迅発止丁々
死して屍Don‘t pick up?
油断大敵Hot戦況
行くぞ構えよ 発気揚々 </b
♪猫も杓子も泣く子も遮二無二
燃えろよ諸刃の剣
♪疾れ 君よ嵐を巻き起こせ
放て 唸る雷撃
♪叫べ 声が戦場に轟く
響け 我らのWarcry
♪我ら 戦士のWarcry
♪奇々怪界石火電光
危機迫るも「Let's sey GO!」
奇妙奇天烈But有能
来たぞ迎えよ 威風堂々
♪猫も杓子も泣く子も遮二無二
決め手は諸手の拳
♪穿て 君に立ちはだかる壁を
護れ 輝く未来
♪叫べ 声で戦場を貫け
響け 我らのWarcry
♪踊れ 君は戦場に咲く華
唄え 煌めく命
♪叫べ 声を戦場に届けろ
響け 我らのWarcry
♪疾れ 君よ奇跡を巻き起こせ
護れ 全ての未来
♪叫べ 声は戦場の彼方へ
響け 我らのWarcry
♪叫べ 我らのWarcry
我ら 戦士のWarcry
締めの音が会場に響く。
曲が終われば自然と歓声が上がる。
「イェー!あぁりがとう〜!」
観客に負けじと声を上げた。
覚悟はしていたが、なかなかに体力を使う曲だった。隙を見てペットボトルの水を一口二口。
「ふぅ…良いですね、フェス感が出ました。皆さんが盛り上がり上手で助かりますね〜」
そうこう言いながらも、次の曲の準備にノートパソコンを操作し始める。
「次がうちの時間で最後の曲にな〜り〜ま〜…」
何故かセリフがフェードアウトする。
ほんの数秒だが、黙ってパソコンに向き合う。
「…はぃ、皆さん。本番ってのは恐いですね〜…」
なにか意味深な言葉が出てきた。
パソコンを頻繁にタンタン押している。
「え〜…リハは最後まで付き合ってくれたんですがね〜…ちょっとぉ?」
保険をかけ過ぎたフラグが回収されたようだ。
トラブル発生を感じた会場がざわつき始める。
「そうですね、具体的に言うと画面がフリーズしました。はぃ…DTMのマシントラブルに弱い所も出ましたね〜」
冗談めいているが、すでに舞台袖ではどうするのか話し始めていた。
BLUEステージのスタッフが一人、低い姿勢で器用に駆け付ける。
それを認識すれば即座にマイクオフして、何やらジェスチャーをしながら数秒やりとりする。
短い作戦会議後、スタッフはサムズアップして低い姿勢のまま足早に舞台袖に帰っていった。
あくまで舞台黒子に徹する裏方魂を感じる。
ある程度見送ったら、マイクのスイッチを入れながら喋りだした。
「…ぇ〜はい、お騒がせしております。うちは大丈夫、まだギターがあるんでね」
とりあえず観客を落ち着かせる。
「さて、どうもパソコンさんが不機嫌のようです。長年の付き合いが悪い形で出てしまいました」
つまりは型が古いせいで動作が安定しなかったようだ。
ライブの流れを構築するのに手一杯で、ライブ機器の調整を後回しにした結果である。
「…ですので、最後の曲はちょっと大人しくなっちゃいます。いやぁ、いい感じでバトンを渡したかったんですが現実は上手く行きませんね〜」
後悔先に立たずとはいえ、思わずため息が溢れる。致命的ではないが、演出上は大打撃だ。
ただ、ステージ上で俯いてもいられない。
「…さ、切り替えます。よく『トラブルと遊ぶくらいがギタリスト』とも言いますし、うちのライブはココで終わらねぇ!って所見せてやりますよ」
なんか自信満々で言っているが、そんな言葉は皆が初耳だろう。
改めてギターの肩紐をしっかりかける。
「…などと大口は叩けるんですが…ギターの一本で盛り上がらせる超技巧は持ち合わせがないのでここらで一変、しっとりした曲も披露したいと思います」
観客を見つめ語りだす。
「テーマは『悪夢』。言い知れない恐ろしさがそこにあるのですが、目覚めてしまえば忘れてしまうような微妙な感覚。ふと平穏な日常の価値に気付く、そんな瞬間に皆さんは何を思うのでしょうか」
何人かは考えるかもしれない。
ここでは口外できない日常の“裏側”を。
不測の事態ではあるが、深呼吸して心を整える。
「それではお聞き下さい、タイトルは『不思議の空』…」
その手にあるギターから穏やかな音が引き出される。
♪世界の向こうで 呼んでいる声が響く
アナタをそちらへ 誘い込む影は幻
『不思議の空』
♪世界の理 知り得るには若過ぎて
アナタと交わそう 思い出彩る言葉を
♪映える色に眩んで
向かう先は何処か
♪行こう 不思議の空
朝と夜の狭間に
帰ろう 月夜の街
見果てぬ夢の終わりに
♪世界の向こうに 消えていく声は遠く
アナタのその手が 掴んでた物は陽炎
♪世界の不条理 呑み込むには苦過ぎて
アナタへ返そう 思い出彩る言葉を
♪走る意味は霞んで
向かう先は何処か
♪行こう 逆さの夢
歪みの地を正しに
帰ろう 陽射しの道
小鳥が遊ぶ野原に
♪眩む先を見据えて
霞む霧を晴そう
♪行こう 不思議の空
朝と夜の狭間に
帰ろう 月夜の街
見果てぬ夢の終わりに
♪行こう 逆さの夢
歪みの地を正しに
帰ろう 陽射しの道
小鳥が遊ぶ野原に
♪行こう 世界の裏
朝と夜の狭間に
帰ろう アナタの側
見果てぬ夢の終わりに
「ありがとうございました」
最後の音が消える前に感謝を。
会場にいる全員に。
一斉に拍手が起こる。
「さて、うちの出番もここまでです。皆さんも是非、端末片手に音楽を作って気軽にこっち側へ来てくださいね〜」
観客に向かって大きく両手を振りながら、
マイクから3歩下がる。
「改めまして、今日はありがとうございました!」
そう言うと深くお辞儀をした。
拍手に顔を上げて、舞台袖へ向かう。
舞台から降りる直前に、一言だけ大きな声で。
「この後もビギキタ楽しんでけぇー!」
いくつか反応を聞いたら満足気に退場していくだろう。










