RECORD

Eno.896 百堂 巡の記録

補遺.化身たち



センドウさんの有する化身のうち、百堂 巡ではない者たちに関する補遺。
見なくとも交流に支障は無い設定集。


初代


容姿(全身図)
- - - - - - - - - - - - - - - - -


「読み書き、算盤、そして子供でいられる時間。
 百堂塾此処は焼け落ちた日常を編み直すための場所でした」


「ようやく当たり前に大人になれる時代が来たのですよ」
「どうか急がないで。
 もう、生き急がないでよろしいの」



◾︎百堂 みち(ひゃくどう・みち)

『百堂塾』初代塾長。
担当年代は1945〜1950年代前半の戦後復興期

センドウさんの化身のひとつ。
「女学校の出のお嬢さん」として終戦直後の街に溶け込み、男手の足りない間の穴埋めにと子供たちに勉強を教えていた。
同時期に表世界の情勢に興味を持っていた怪奇たちへのちょっとした中継役もするようになり、表裏両方の塾の基盤を作り上げた。

性格は比較的真面目なお姉さん気質
ただしちょっと世間ならぬ表知らずなところがあり、あかちゃんの頬っぺを延々つつき倒すとか、雨を掴もうとして水浸しになるとか、エピソードは枚挙に暇が無い。
常識をきっちり学んだ今となってはそう表知らずムーブはしないものの、それでもなんとなく他の化身と比べて感性がズレている時がある。
この時代はまだ道路標識としての逸話を持たないため、裏世界での双眸は暗い眼窩に青い怪火が揺れている。

外向けの引退理由は「遠方への嫁入り」。
実態はより表世界に合うように修正された化身との交代。

2代目


容姿(全身図)
- - - - - - - - - - - - - - - - -


「嫌われ役で上等だ。
 叩き潰されても立ち上がれるように鍛えてやる」


「他人様の言葉でしか喋れねェ愚図が真っ当に生きていかれる世かよ」
「手前の頭で考えやがれ、何もかもだ!」



◾︎百堂 典路(ひゃくどう・のりみち)

『百堂塾』2代目塾長。
担当年代は高度経済成長期から昭和に渡る1950年代後半〜1980年代前半。

センドウさんの化身のひとつ。
嫁に行った従姉の代わりというテイで仕事を引き継ぎ、臨時の青空教室でしかなかった塾を明確な教育の場として整備した。
自宅であり塾であるあの平屋もこの時期に建てられたもの。やたらに広く若干入り組んでいるのは塾としての運用が大前提であったため。

初代とは一転して厳格で怒りっぽい性格。
時代感を反映した「殴り倒してでも矯正する」系のお手本のような怖い先生だが、当の本人はそれも必要悪だと考えていた模様。
理不尽に手を上げる人物ではなかったものの、当然現代の感性からはかけ離れた性質なので表出することは滅多に無い
初代と同様その双眸は標識の瞳ではなく、暗い眼窩に赤い怪火が揺れている。

外向けの引退理由は「ボケる前に田舎へ引っ込むため」。
実態は戸籍上の年齢を鑑みての交代。

3代目


容姿(全身図)
- - - - - - - - - - - - - - - - -


「のんびりやりましょ。
 大丈夫よ、失敗したって死ぬわけじゃないもの」


「許されないことなのは百も承知よ?」
「でもね、思っちゃったの。
 惚れた男さえ救えぬあたしなら死んでしまえって」



◾︎百堂 標乃(ひゃくどう・しめの)

『百堂塾』3代目塾長。
担当年代は平成期にかけての1980年代後半〜2010年代半ば。

センドウさんの化身のひとつ。
退職した大叔父の跡を継いだテイで塾長となった。
時代の変化に寄せる形で塾の形式をやや緩め、人格教育的な側面を省き、進学のためではなく基礎的な勉強に重きを置く今のスタイルへと落とし込んだ

これまた先代と落差の大きいのんびりおっとりとした性格。
寛容をそのまま人型にしたような調子であり、授業が一段落すると講義時間内でも雑談に脱線していってしまうことがしばしばあった。
反面、ネットロアの隆盛期であったためにセンドウさんの逸話に怖さを誇張したものが増え、結果として時折物騒さも見え隠れしていた。
逸話に道路標識の要素が混ざりこんだのもこの頃から。

外向けの引退理由は「親の介護」。
実態は決まりからの逸脱
願い無しに死者の魂を七日七晩現世に引き留めたことでセンドウさん自身の敷いた決まりを外れ、表世界から退去させられた。