RECORD
Eno.896 百堂 巡の記録
d22.犠牲者*3
「失礼しまー……した」
戸を開けたら誰かが溶けていた。
首無は静かに戸を閉めた。
裏の百堂塾、職員室。
表世界のそれとは随分形式の違うそこも、行けば誰かしら先生がいるという点においては何ひとつ変わりなく。やれ表世界の話が聞きたい、やれ変化のコツを掴んだから見てくれと生徒が顔を出すのは珍しいことではない。
首無も例に漏れず戸を叩いたのだが、そこで見えたのが床に広がる黒い粘性の水たまりである。だいぶ冒涜的。
出直した方がいいのかな、とちょっと悩んでいれば、ずるりと内側から再度開かれる引き戸。
開いた隙間から身を乗り出すのは床に広がっていた黒い何某……ではなく、それを踏み越えて出てきた塾長だった。
「ん、んん"。ふふ、どうかされましたか首無君」
「いや塾長がどうかしてんじゃん」
「ちょっと否めませんけど質問でしたら僕の気を逸らすためにもお願いします、是非」
近年稀に聞く感じの咳払いと変な上がり方をしている口角。
やっぱり出直した方がいいんじゃないか、と頭に浮かびはすれどもこう言われると帰るにも帰れない。
「えっじゃああの、……手芸の本とかここにあったりしないすか。折角だし首の縫い方もちょっと勉強し直そっかなって思ったんだけど」
「ああ、首の。あいにく家庭科の教科書程度しか無いですね、今度表で見繕ってきましょう」
「あざす。俺も図書館とか見てこよ」
終わってしまった。話が。
相変わらず声の抑揚が怪しい塾長の背後に見える職員室の床には、やっぱり黒い何かがでろでろと広がっている。よく見たら表面が波打っていた。
「……今のこの……何? 何があったかは質問に入るんですか」
突飛と噂のタマカレンだって扉を開けてこんなんなってることは無いだろう。
恐る恐る問いかけた首無を前に、塾長はようやっと己の状態に気がついたのか羽織の袖でそっと口元を隠している。
「ちょっとね、四ツ目先生と曲を……っ、曲をね、聴いてましてね」
「曲」
「面白すぎてちょっと」
「漫才の曲かなんか……?」
まさか床の何某は先生なのか。そう言えば変化してないとスライムみたいな見た目、とは聞いたことあるけど。
じゃああれ床に倒れてることにならないか?
「……向こうのアレ、あの、四ツ目先生大丈夫なんすか?」
「ちょっと笑いすぎて変化解けちゃっただけで生きてます」
「マジで何の曲だよ」
「作詞作曲、アトラス君」
「風呂の姐さん……?」
でん、と机の上に置かれているラジカセの中に多分あるのだろう。原因のブツが。
チラッと見えるCDの絵と大きく描かれた題名を認識して、首無もようやっとなんとなく問題の方向性を把握した。
「『too many爪爪鯉のうた』」
「ア"っっは」
読み上げたら塾長が沈んだ。
なんか沈む時に扉の縁に頭ぶつけてた気がするけど丈夫な人だから問題無いんだろう、多分。
遮蔽物が無くなったお陰でイラストに自分らしきものがあるのも分かったので、何も知らない若人は早速とばかりにそちらへ歩いていく。そんなに面白いなら1回聴いてみたくなるのが好奇心というもの。
「今度アイツに爪紅塗ってやろっかな」
てかあの人こんな髪色してんだ。
新発見と共に、再生ボタンに何の気なしに指をかける。
後々。
首無も、当分鯉の顔を見られなくなったとか何とか。
戸を開けたら誰かが溶けていた。
首無は静かに戸を閉めた。
裏の百堂塾、職員室。
表世界のそれとは随分形式の違うそこも、行けば誰かしら先生がいるという点においては何ひとつ変わりなく。やれ表世界の話が聞きたい、やれ変化のコツを掴んだから見てくれと生徒が顔を出すのは珍しいことではない。
首無も例に漏れず戸を叩いたのだが、そこで見えたのが床に広がる黒い粘性の水たまりである。だいぶ冒涜的。
出直した方がいいのかな、とちょっと悩んでいれば、ずるりと内側から再度開かれる引き戸。
開いた隙間から身を乗り出すのは床に広がっていた黒い何某……ではなく、それを踏み越えて出てきた塾長だった。
「ん、んん"。ふふ、どうかされましたか首無君」
「いや塾長がどうかしてんじゃん」
「ちょっと否めませんけど質問でしたら僕の気を逸らすためにもお願いします、是非」
近年稀に聞く感じの咳払いと変な上がり方をしている口角。
やっぱり出直した方がいいんじゃないか、と頭に浮かびはすれどもこう言われると帰るにも帰れない。
「えっじゃああの、……手芸の本とかここにあったりしないすか。折角だし首の縫い方もちょっと勉強し直そっかなって思ったんだけど」
「ああ、首の。あいにく家庭科の教科書程度しか無いですね、今度表で見繕ってきましょう」
「あざす。俺も図書館とか見てこよ」
終わってしまった。話が。
相変わらず声の抑揚が怪しい塾長の背後に見える職員室の床には、やっぱり黒い何かがでろでろと広がっている。よく見たら表面が波打っていた。
「……今のこの……何? 何があったかは質問に入るんですか」
突飛と噂のタマカレンだって扉を開けてこんなんなってることは無いだろう。
恐る恐る問いかけた首無を前に、塾長はようやっと己の状態に気がついたのか羽織の袖でそっと口元を隠している。
「ちょっとね、四ツ目先生と曲を……っ、曲をね、聴いてましてね」
「曲」
「面白すぎてちょっと」
「漫才の曲かなんか……?」
まさか床の何某は先生なのか。そう言えば変化してないとスライムみたいな見た目、とは聞いたことあるけど。
じゃああれ床に倒れてることにならないか?
「……向こうのアレ、あの、四ツ目先生大丈夫なんすか?」
「ちょっと笑いすぎて変化解けちゃっただけで生きてます」
「マジで何の曲だよ」
「作詞作曲、アトラス君」
「風呂の姐さん……?」
でん、と机の上に置かれているラジカセの中に多分あるのだろう。原因のブツが。
チラッと見えるCDの絵と大きく描かれた題名を認識して、首無もようやっとなんとなく問題の方向性を把握した。
「『too many爪爪鯉のうた』」
「ア"っっは」
読み上げたら塾長が沈んだ。
なんか沈む時に扉の縁に頭ぶつけてた気がするけど丈夫な人だから問題無いんだろう、多分。
遮蔽物が無くなったお陰でイラストに自分らしきものがあるのも分かったので、何も知らない若人は早速とばかりにそちらへ歩いていく。そんなに面白いなら1回聴いてみたくなるのが好奇心というもの。
「今度アイツに爪紅塗ってやろっかな」
てかあの人こんな髪色してんだ。
新発見と共に、再生ボタンに何の気なしに指をかける。
後々。
首無も、当分鯉の顔を見られなくなったとか何とか。