RECORD
Eno.2434 有宮 鴎の記録
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「……え?」
口を突いて出たのは、そんな素っ頓狂な言葉だった。
泣きじゃくる彼女の後ろで、確かに『わたし』が死んでいる。
左肩から左胸にかけての肉が大きく抉れて円形に消失し、血の跡さえ乾きかけている。 光を失って虚ろな瞳が、ピンク色の空を見上げている。
胸の底が裏返る。吐き気がこみ上げ、喉の奥がせり上がる。二度、三度、えずく。空っぽの胃からは何も出ず、ただ胃液が口端から零れ落ちた。
いつのまにか頬を伝う涙に気づく。 悲しくも怒ってもいない。ただ、頭が追いつかない。 困惑の海の中で、身体だけが勝手に涙を流していた。
──どうして。 どうしてこんなことに?
何が起こっている?確かに『わたし』は死んでいる。自分のことを見間違えるはずがない。
けれど、『私』はここにいるじゃないか。今ここで私は、見て、考え、感じている。じゃあ私は……私は、いったい誰?
地面に両手をついて、震える脚に力を込める。重力が戻ってくるような鈍い感覚。私はゆっくりと立ち上がり、そして少しよろめく。
足もとには乾いた砂利、すぐそばには──もう動かない『わたし』の身体。
沈黙が落ちた。 彼女は泣きやみ、袖で目をぬぐいながら、かすかに口を開く。
「……ごめんなさい。本当に……ごめんなさい。私、あなたを、殺しちゃったの」
彼女の声は震えていた。 どこか遠くで風が鳴り、空の色が鈍く揺れる。
「……殺した? あなたが、私を?」
少女は唇を噛み、そして小さく頷いた。
「私……魔法少女なの。あの時も、バケモノを相手に魔法を放ってた。でも、あなたがそこにいたことに気づかなかった……。流れ弾が──あなたに当たったの」
言葉がゆっくり、空気に沈んでいく。私は無意識に一歩、後ずさった。
「……それで、死んだ私を……生き返らせたの?」
「違うの……生き返らせることは、できなかった。だから……“もうひとり”のあなたを、作ったの。記憶も、姿も、心も……全部、同じように。」
風が止む。世界が、ひと呼吸ぶんだけ静止した。
「……そんな馬鹿なこと、あるはずがない」
そのとき──背後から、乾いた声が割り込んだ。
「いや、あるんだよ。…………少なくとも“こっち側”ではね。」
反射的に振り返る。 そこには、宙に小さな黒い影が浮かんでいた。
その姿は猫のようで、煙のような尾を引いている。 猫のようなソレは光を吸い込みながら時折輪郭をゆらゆらと滲ませ、やがてこちらを見据えてニヤリと口角を吊り上げた。
「やぁ。驚かせたなら悪かったね。」
声はどこか乾いて、けれど愉快そうでもあった。
これって全部ウラの話だから!(2)
人間はいずれ死んでいく存在だが、人間が生まれたのは、死ぬためではなく、何かを始めるためなのである。
──アーレント『人間の条件』より
「……え?」
口を突いて出たのは、そんな素っ頓狂な言葉だった。
泣きじゃくる彼女の後ろで、確かに『わたし』が死んでいる。
左肩から左胸にかけての肉が大きく抉れて円形に消失し、血の跡さえ乾きかけている。 光を失って虚ろな瞳が、ピンク色の空を見上げている。
胸の底が裏返る。吐き気がこみ上げ、喉の奥がせり上がる。二度、三度、えずく。空っぽの胃からは何も出ず、ただ胃液が口端から零れ落ちた。
いつのまにか頬を伝う涙に気づく。 悲しくも怒ってもいない。ただ、頭が追いつかない。 困惑の海の中で、身体だけが勝手に涙を流していた。
──どうして。 どうしてこんなことに?
何が起こっている?確かに『わたし』は死んでいる。自分のことを見間違えるはずがない。
けれど、『私』はここにいるじゃないか。今ここで私は、見て、考え、感じている。じゃあ私は……私は、いったい誰?
地面に両手をついて、震える脚に力を込める。重力が戻ってくるような鈍い感覚。私はゆっくりと立ち上がり、そして少しよろめく。
足もとには乾いた砂利、すぐそばには──もう動かない『わたし』の身体。
沈黙が落ちた。 彼女は泣きやみ、袖で目をぬぐいながら、かすかに口を開く。
「……ごめんなさい。本当に……ごめんなさい。私、あなたを、殺しちゃったの」
彼女の声は震えていた。 どこか遠くで風が鳴り、空の色が鈍く揺れる。
「……殺した? あなたが、私を?」
少女は唇を噛み、そして小さく頷いた。
「私……魔法少女なの。あの時も、バケモノを相手に魔法を放ってた。でも、あなたがそこにいたことに気づかなかった……。流れ弾が──あなたに当たったの」
言葉がゆっくり、空気に沈んでいく。私は無意識に一歩、後ずさった。
「……それで、死んだ私を……生き返らせたの?」
「違うの……生き返らせることは、できなかった。だから……“もうひとり”のあなたを、作ったの。記憶も、姿も、心も……全部、同じように。」
風が止む。世界が、ひと呼吸ぶんだけ静止した。
「……そんな馬鹿なこと、あるはずがない」
そのとき──背後から、乾いた声が割り込んだ。
「いや、あるんだよ。…………少なくとも“こっち側”ではね。」
反射的に振り返る。 そこには、宙に小さな黒い影が浮かんでいた。
その姿は猫のようで、煙のような尾を引いている。 猫のようなソレは光を吸い込みながら時折輪郭をゆらゆらと滲ませ、やがてこちらを見据えてニヤリと口角を吊り上げた。
「やぁ。驚かせたなら悪かったね。」
声はどこか乾いて、けれど愉快そうでもあった。