RECORD

Eno.320 羽野碧斗の記録

【電子の“証明”】──夢路音々──


※ショッキングな描写があります。
 苦手な方はご注意下さい。


【電子の“証明”】──夢路音々──


  ◇

──示してやる、“生きた証”を。
──鳴り響くこの電子音こそが、
 “ネオン”が此処に居た証明。


  ◇

 夢路ゆめじ音々ねおんは、とある声優の息子だ。
 声優の名は夢路和音かずね
 そこそこ名の知れた声優にして歌い手でもある彼は、
 幼い音々の憧れだった。

 音々は父親の魔法のような声を聞いては大喜びし、
 「いつか、パパのような声優になる!」と夢を抱いていた。
 両親はそんな音々を祝福してくれていた。

「〜〜〜〜♪」

 歌を歌うのが好きだった。
 父親のようになりたかった音々は、
 勉強よりも歌の練習を優先させた。
 周りはそれを許してくれたし、
 幼い音々の声は美しく澄み渡り、聞く人を魅了した。

 『お前は将来、大物の声優になるぞ』

 父親に撫でられたことを、強く強く覚えている。
 二度と戻らぬ日々だ。

 あの頃は、夢と希望に満ちていた。
 あの頃は、何にでもなれると思っていた。
 この楽しい生活が、永遠に続くって。
 ずっと、ずっと。

 そんな、夢は。

  ◇

 7年前の話である。

 蝉時雨。流れる汗と蒸し暑さ。或る夏の日の夕暮れ。
 数日前から帰ってこない父親を探して迷い込んだ不思議な場所。
 鬱陶しい程の夏の気配。きもちわるい。
 茂みの奥に、黒いもの。すえた臭い。嫌な予感。
 それに集る⬛︎、⬛︎、⬛︎。


「…………あれは、なに?」

 幼い子供は、近寄ってしまったの、見てしまったの。

──その、凄惨な光景を。

「ぁ……ぁ………………」

 子供は、⬛︎の集まる地面にぺたり、座り込んだ。


 目の前にあるのは⬛︎⬛︎だった。
 死後、数日は過ぎている⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎。
 ⬛︎⬛︎に貼り付いた服の残骸、
 腐り落ちた⬛︎⬛︎と⬛︎、覗く白い⬛︎、
 乾いて干からびて赤錆色になった⬛︎。
 ⬛︎⬛︎からは⬛︎⬛︎が零れ落ちて、その下の空洞を晒している。
 それらを貪るように、沢山の⬛︎が、⬛︎が、⬛︎が!



「ぁ………………」

 その⬛︎⬛︎の薬指に光る結婚指輪を見た時、
 子供の世界は崩壊した。
 だって、だって、いつも見ている。
 パパがその指輪をして、嬉しそうに出掛けていくのを!

「………………」

 世界が壊れる音を、夢が破れる音を、聞いた。
 子供は確かに、鮮烈に、その音を聴いたのだ。


ぁ……あ……
 ぁぁぁぁぁあああああああああああッッツ!!!!!



 それ以降、どうしていたかの記憶が曖昧だ。
 地面にへたり込んで狂ったように叫び散らして、
 それで、それで。

 蝉時雨が五月蝿かった。
 全てがこわれた、夏のゆうぐれ。

 その日、夢路音々は夢と声を失った。

  ◇

 何も分からないままに葬儀があって、
 時は音々を置き去りにする。
 喋れなくなった音々を
 母親はケアするどころか気味悪がるようになり、
 周りも音々のことを遠巻きにした。

「気持ち悪い」

 ある時、母親が音々を見て言った。

「喋れもしない不気味な子供。
 アンタなんて、あの人と私との子供じゃない!」

 投げ付けられた言葉を、心に走った激痛を、
 今もずっと覚えているんだ。

 凄惨なものを見てトラウマを植え付けられて
 声まで失ったというのに、
 大人たちは音々に無関心どころか嫌うようになった。
 それでも音々は学校にはちゃんと行こうとしていたんだ。
 “一般人未満”にはなりたくなかった。

 しかし。

「こいつ、しゃべれねーんだって!」
「ならさ、なぐっても、『いや』っていえねーよな!」
「いえねーなら、なにしてもいいよや!」

 水を掛けられた。殴られた。
 声が出せないから、抵抗が出来ないから、
 何をしても良いんだって。

「〜〜〜ッッッ!!!!!」

 叫びたくても、もう声は出なかった。
 あの夏の日に、夢と父親の⬛︎⬛︎と共に葬られた。

 いじめに耐えかねた音々は学校に行かなくなった。
 専業主婦からシングルマザーになった母親は
 お金だけ置いてくれはするけれど家に居ないことが多くなり、
 息子の不登校にも関心を寄せなかった。

 音々は孤独だった。
 誰もその傷を癒してくれなかった。
 誰ひとりとして支えてくれなかった。
 そんな音々のことを、
 「一般人未満の可哀想な子供」と誰かが嗤った。

 哀しみと諦観を抱いた。
 どうやらママにとってのボクは、要らない子みたいだ。
 この人に愛されたいとは思わなくなった。
 「あなたにボクなんかが愛されるわけがない」って、
 小学生にして悟ってしまった。
 悟ってしまったけれど、深い深い寂しさもあった。
 あの夏の日以降の音々は、家で実質、ネグレクト状態だった。

 家にあまり帰らなくなった母親の代わりに家事を覚えた。
 ひとり孤独を耐えるために、
 音楽プレイヤー片手に好きな音楽の世界に沈んだ。
 両親を求めて夢の中で泣いた。
 目が覚めればまたひとりぼっちの現実と向き合って、
 声も出せずに哭くだけだ。

「〜〜〜っ、
 ーー〜〜〜ッッッ!!!!!」


 心の傷は、積み重なっていく。
 深く広くなるばかりで、噴き上げた鮮血は止まらない。

 ねぇ だれか たすけてよ。

  ◇

 それから2年は過ぎたろうか。
 夢路音々は9歳になった。
 声は戻らないままだった。
 その日もまた夏だった。
 音々は再び、あの世界に迷い込んだ。

「………………」

 否応なく思い出す2年前のトラウマ。
 ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎。赤錆色、赤茶けた白色、
 ⬛︎の集る黒色、すえた臭いと五月蝿いばかりの蝉時雨。


 汗が頬を伝う。身体が震えて動けなくなる。
 鳴らない喉が、かひゅ、と息をした。
 声は、出ない。

 そんな子供の前に大きな蝿の化け物が立ち塞がった時、
 音々は心の中でひとつの名前を掴み取ったのだ。


(──リャナンシーッッッ!!!!!)



 “叫び”を上げた時、
 目の前に現れた半透明の人影とヘッドフォン、
 音楽プレイヤー、キーボード。
 訳も分からずにヘッドフォンを被りキーボードを弾いた時、
 世界に音が溢れたのだ。

 脳内が鮮やかな音で満たされた。
 何でも出来るような気がした。
 キーボードに指を滑らせた。
 そして鳴らされた鮮烈な電子音に、蝿の化け物は退散した。

(は、は………………)


 電子音。ポップチューン。
 へたり込む子供は、新たな“世界”を聴いた。
 そんな子供に、半透明の影が囁いた。

《わたしと一緒に来てくれる?》



 差し伸べられたその手を取れば、
 “一般人未満の可哀想な子供”ではなくなれるような気がした。
 “何者か”になれるような気がした。
 砕け散った夢の欠片が、電子音で再構成されていく。

 ならば答えは、

(──もちろん)


 その手を取って、キミと共に。
 少年は、リャナンシーのメフィスターとなったのだ。

 ひとりじゃない。キミと共に。
 声が出なくても、喋れなくても。
 この音で、この“歌”で──。

  ◇

 リャナンシーと共に電子音を紡いだ。
 リャナンシーと共に新たな音色を生み出した。
 リャナンシーと共に裏世界を彷徨った。
 リャナンシーと共に“居場所”を探した。
 リャナンシーが居れば、この世界も怖くはなかった。

 その頃にはもう、音々は
 リャナンシーの力の代償も理解するようになっていた。
 音を紡げば紡ぐほど、命を削るということ。
 それを理解した上で紡ぎ続けた。
 この電子音こそが、自分の証明になっていた。

 そんな彷徨の中で、ふたりぼっちの音々は
 イレブンと“ファウスト”と出会った。
 彼らは音々のその生き急ぐような在り方を、
 否定ではなく肯定してくれた。
 音々はそれが、嬉しくてたまらなかったのだ。

「…………♪」


 あの夏の日以来初めて、居場所が出来た気がした。
 久しぶりに、心から笑えた。
 彼らは音々の“家族”になってくれた。
 それは自分に無関心になった本物の母親よりも家族よりも
 ずっとあったかくて優しい、
 血の繋がりが無くとも最高の関係だったんだ。

 此処に居ても良いと言ってくれた。
 音々がありのままで居ることを許してくれた。
 それは、音々の救いとなった。


「…………!」


 出会えたこの日を、この喜びを、
 この温もりを、零れ落ちた涙を、忘れない。

  ◇

 これからも、“ネオン”は電子音を紡ぎ続ける。
 声の出なくなった喉の代わりに、
 終わってしまった夢路の代わりに。
 それ以上に、もっとずっと鮮やかな輝きを。

 それが命を削るものであろうとも、
 生きた証を残せるなら、“何者か”になれるなら!

『──聴こえるか、声無き声が』


 鳴らない喉で、魂の叫びを。
 証明、証明、証明、してやるから。

 キーボード、音楽プレイヤー、ヘッドフォン。
 さぁ、準備は良いかい?


『──俺と共に歌え、
“リャナンシー”ッ゛ッ゛ッ゛!!!!!』



 さぁ今日も命を燃やして、
 電子の証明、始めようか。


【完】