RECORD
Eno.361 ジャンヌ土岐マリアムの記録
剣との出会い
呪われた力を持つなら、せめてそれを誰かを守る力に──
そう考えた私は幼少の頃から訓練を始めた。
父様を通して知り合えた管理局の人から指導を受け吸血鬼の神秘の訓練を。
やがて武術もやりたいと願うようになり、身体の動かし方も学び始める。
小学2年生になる頃、街の西洋剣術クラブの体験教室に行く。
ここの師範の先生は
「剣と魔法のファンタジー世界で何十年も魔物とかと戦ってきたんじゃないか」
と言われる程に強く、また教え方も上手だと評判だった。
体験教室の最後の一興として、先生とその一番弟子である人の試合が行われる。私はそれを見て震え上がった。
両者とも全く動かない状態。そこから一番弟子の人の体勢が傾いたかと思った次の瞬間。
「もうすでに、先生が弟子の人にカウンターを決めて勝っていた」
何が起こったのか、まるで判らなかった。
勝敗が決まった直後に一番弟子の人が相当悔しがっているのを見るに、
勝敗を決めていたデモンストレーションじゃなくて本気同士の戦いだったんだろう。
その試合を見た私は、すっかりその剣術に魅了された。
……というよりは、その二人に魅了されたと言った方がいいかもしれない。
帰宅後、いつもなら手を洗うのを忘れそうになる程早く食べたい母様特製の
ケーキをすら差し置いて両親に「あそこの教室に通いたい!」と熱弁したのは言うまでもない。
そうして、私の訓練量はどんどん増えていった。
裏では吸血鬼の神秘を。表では剣術を。
母様は二人も流れた末にようやく産まれた子が危険なことをしていると思って
何度もやめさせようとしたが、それを私は何度も説得し、父様や兄様も説得を手伝ってくれた。
だが、父様は父様で「心身の健康のため」という目的意識の方が強かった。
危険なことをしているとは言え、その危険性をしっかり身体で学んでからやめさせた方がいいと。
何より、表で行っている剣術はスポーツでもあるからと。
だが──吸血鬼の神秘を持つダンピールだからだろうか。
どことなく先生の強さは本当に「吸血鬼ですらも聖剣で倒した剣士」のような気がした。真偽のほどは今でも判らないが。
ただ、私はその直感を頼りに師事を乞い続けた。
そんな私の一番の味方になってくれたのは兄様だった。
私が剣にうち込む頃にはもう高校生。学友と共にひたむきに文武両道を目指していた。
だから私とも話があったし、その学友と共に剣術を見てもらったりもした。
剣道部=日本の剣道と西洋剣術で違いはあれど、足の運び方などは参考になることも多かった。
兄様と学友にもまれるうち、私の言葉は男らしくなっていく。
「~~してやっからな!」「~~じゃねぇか!」
などの口調になった頃にはさすがにメイドから思いっきり指導を受けたが。
だが、こういった口調はまだ感情が高ぶるとでてしまう。
それはさておき。
私はずっと剣に打ち込み続けた。
10歳になるころには蹴りや体当たりなども行う最も過酷なコースを望んだ。
さすがにやめさせようとして一つ揉んでやろうとした師範代(かつての「一番弟子」の人)に何度も何度も
「もう一本お願いします!」
と叫び続け立ち続けた結果、師範代が師範に「コイツを俺に預けてくれ」と頼み込む。
それほどまでに、私は強くなりたかった。
そんな調子で練習していたからだろう。
最も過酷なコースに挑戦する前、9歳を迎える頃ですら
周りの女子とは違ってかなり腕の立つようになっていた。
その剣の腕が、ある少女と親友になるキッカケを与えてくれた。
その少女の名は──日坂 鈴菜
そう考えた私は幼少の頃から訓練を始めた。
父様を通して知り合えた管理局の人から指導を受け吸血鬼の神秘の訓練を。
やがて武術もやりたいと願うようになり、身体の動かし方も学び始める。
小学2年生になる頃、街の西洋剣術クラブの体験教室に行く。
ここの師範の先生は
「剣と魔法のファンタジー世界で何十年も魔物とかと戦ってきたんじゃないか」
と言われる程に強く、また教え方も上手だと評判だった。
体験教室の最後の一興として、先生とその一番弟子である人の試合が行われる。私はそれを見て震え上がった。
両者とも全く動かない状態。そこから一番弟子の人の体勢が傾いたかと思った次の瞬間。
「もうすでに、先生が弟子の人にカウンターを決めて勝っていた」
何が起こったのか、まるで判らなかった。
勝敗が決まった直後に一番弟子の人が相当悔しがっているのを見るに、
勝敗を決めていたデモンストレーションじゃなくて本気同士の戦いだったんだろう。
その試合を見た私は、すっかりその剣術に魅了された。
……というよりは、その二人に魅了されたと言った方がいいかもしれない。
帰宅後、いつもなら手を洗うのを忘れそうになる程早く食べたい母様特製の
ケーキをすら差し置いて両親に「あそこの教室に通いたい!」と熱弁したのは言うまでもない。
そうして、私の訓練量はどんどん増えていった。
裏では吸血鬼の神秘を。表では剣術を。
母様は二人も流れた末にようやく産まれた子が危険なことをしていると思って
何度もやめさせようとしたが、それを私は何度も説得し、父様や兄様も説得を手伝ってくれた。
だが、父様は父様で「心身の健康のため」という目的意識の方が強かった。
危険なことをしているとは言え、その危険性をしっかり身体で学んでからやめさせた方がいいと。
何より、表で行っている剣術はスポーツでもあるからと。
だが──吸血鬼の神秘を持つダンピールだからだろうか。
どことなく先生の強さは本当に「吸血鬼ですらも聖剣で倒した剣士」のような気がした。真偽のほどは今でも判らないが。
ただ、私はその直感を頼りに師事を乞い続けた。
そんな私の一番の味方になってくれたのは兄様だった。
私が剣にうち込む頃にはもう高校生。学友と共にひたむきに文武両道を目指していた。
だから私とも話があったし、その学友と共に剣術を見てもらったりもした。
剣道部=日本の剣道と西洋剣術で違いはあれど、足の運び方などは参考になることも多かった。
兄様と学友にもまれるうち、私の言葉は男らしくなっていく。
「~~してやっからな!」「~~じゃねぇか!」
などの口調になった頃にはさすがにメイドから思いっきり指導を受けたが。
だが、こういった口調はまだ感情が高ぶるとでてしまう。
それはさておき。
私はずっと剣に打ち込み続けた。
10歳になるころには蹴りや体当たりなども行う最も過酷なコースを望んだ。
さすがにやめさせようとして一つ揉んでやろうとした師範代(かつての「一番弟子」の人)に何度も何度も
「もう一本お願いします!」
と叫び続け立ち続けた結果、師範代が師範に「コイツを俺に預けてくれ」と頼み込む。
それほどまでに、私は強くなりたかった。
そんな調子で練習していたからだろう。
最も過酷なコースに挑戦する前、9歳を迎える頃ですら
周りの女子とは違ってかなり腕の立つようになっていた。
その剣の腕が、ある少女と親友になるキッカケを与えてくれた。
その少女の名は──日坂 鈴菜