RECORD

Eno.2837 志噛しじまの記録

2:想起

 取り残された。なんの前触れもなく。勿論、悲しかったし、どうしてって気持ちもあったし、混乱も怒りもありました。

 けど、そうした所でたかがみなしごの中学生にはどうすることも出来ません。
 だから諦めて、とっとと調べて様々な手続きをしました。

 この時にはとっくに、他のクラスメイト達みたいに『将来の夢』や『未来の話』で盛り上がるような思考も無くなっていました。とにかくどうにか生きて、食べていかないとなって。



 ……ところで、僕には趣味があります。絵です。主に夢の中のような既視感ドリームコアのある風景が好きで。

 紙と鉛筆だけで描ける。色鉛筆も安物でもいいからあればいい。
 何より『ない』けど『見た事のある』風景が好きだったので。

 勿論、人物も描きましたよ。キャラクターは好きですから。
 よく見ていたのは……ああ、無料配信で1週遅れで配信してあったりした、ヒーローものは特に見ていましたね。

 

 それから暫く……中二の夏くらいまではただただ普通に、勉強と……ほんの少し絵を描きながら無為に過ごしていました。

 夏休み前の面談だったと思います。先生からの質問に無難に返していた中、ふと言われたんです。


『志噛、そういやお前の絵はいいなって美術の先生含めて言ってたんだよ。』

『だから、絵を仕事にする道とか……考えないのか?』


『勿論無責任に言ってるわけじゃないぞ。背景を中心に描ける人って少ないからよ』

『だから、ちょっとは考えて見てほしいって先生は思うんだ』


 僕の絵はあまり誰かに見せませんでした。
 だって、誰も興味無いでしょうから。

 けど、先生は見ていてくれました。それが仕事だと言われればそうですが……


 それが、とても嬉しかったんです。


『だから、何かあればいつでも頼ったり相談したりしてくれ。』


 何より、その言葉に……その言葉に、誰も頼れないと思っていましたから、ちょっとは前を向いてもいいのかもって。


思えたんです。思っていたんです。











……………。

………………………………。





 だから僕は勉強と並行して、絵をたくさん練習しました。

 人も、モノも、景色も。色彩の検定……はタイミング的に受けられないですが、その勉強もしました。

 作品も作りました。上手くなるにつれて作業時間は増えましたが、勉強も疎かにしないで。


 コンペとか出したかったのですが、僕には『保護者』がありませんでしたから、テーマだけ借りて作品を作って。


 それで、中三の……夏でした。僕は元々高校に希望を出していましたが、専門に行きたかったのです。

 けど、どうしても『保護者』が必要。でもいない。

 だから先生に相談したかったんです。僕はこの先どうしようかって。

『おう、いいぞ。地下の倉庫の整理をしてると思うから、そこで待っているぞ』

 その言葉に、やっぱり助けてくれるなって思ってその日を過ごしました。

……その頃、いじめ騒ぎや虐待騒ぎがあったのですが、僕は蚊帳の外でした。
 いじめの標的にされることも無いくらい、空気でしたから。


 僕は1人ですから、先生の助けを借りれれば夢へ踏み出せるかなって。

 僕に親はいませんから、『保護者』をどうするかも相談出来るかなって。



















…………階段の先には、誰もいませんでした。


待ちました。下校時刻を過ぎて、警備員さんに声をかけられるまで待ちました。


もしかして緊急の用事かなと思って、次の日も、その次の日も行きました。

声をかけようと思いましたが、先生は何かとても忙しくてタイミングがありませんでした。


…………そのうち、夏休み前の集会で。

いじめがあったこと、誰かが転校すること、長ったらしい説教を関係の無い生徒にまでされたこと。


そんな話をされているうちに、僕が相談したかった全ては期限切れになりました。





……はい、いじめの対応に行ったのでしょう。

虐待から守るために走ったのでしょう。

立派で、緊急で、大切だ。

分かっています。これが傍から見ればくだらなく、しょうもなく、小さなことであると。

他にも道はあり、手段もあるのだと。


ですが。


はじめて夢を持ったような、親のいない後ろ盾もない独り暮らしの中学生にその思考が出来ると思いますか?


はじめて持てた小さな夢をどうするかという話すら出来ずに腐らせてしまった時に、未来なんて考えられますか?



階段の先には何もない空虚だけが広がっていた灰色が理解できますか?




…僕は今まで通り「諦める」ことにしました。


そして、理解しました。


『人は己の興味があることにしか色を見ることが出来ない』

と。




もう一度だけ、夏休みの前に行きました。

あるわけなかった。


倉庫の奥かなって、鍵があいてるから、行きました。

あるわけなかった。


進んだ、進んだ。ここは、あれ。

全ては灰色だ。

学校じゃない?あれ、まあ、もう

何もかも希望は去った。

どうでもいいや。諦めて

夢だったものが崩れ落ちて色を奪う。

……諦めて、諦めて、諦めて………

虚空に溶けゆく

階段の先に希望はなかった。

全ては灰色であり、ゆめの代償を支払わされる。

何も無かった。翳る。色が。光が。









Fade into The Shady Glay翳りゆく灰の中に消える。