RECORD
紅き焔
せっかく教会に寝床を貸してもらえたのに設備のパソコンや自転車を盗んで勝手にジャンクショップに売ってしまう人もいれば、
元ヤクザでイレズミつきながら、真夏でも濃い色のアームカバーなどをして
バレないよう一生懸命社会復帰しようとしている人もいた。
そうした「濃淡」は、私は剣術クラブの中でも見ていたがより一層ハッキリしているなと思えた。
教会の手伝い以外にも、私は剣術にも精を出す。
その中で私は瑠花という少女と親友になる。
瑠花は少しどんくさい子ではあったが、私と同じように剣の道に一生懸命でそこから学ぶ騎士道を大切にしていた。
そんな所を私も気に入ってお互い一緒に遊ぶようになったのだ。
私の住むところは23区内で瑠花は北摩の石神井ニュータウン。
離れたところに住みながらも共通の話題にて親友となる……そんな特別な間柄だった。
そうして迎えた年明け。
松の内を鈴菜と遊んですごしたあと、私は冬休みの終わり直前の金曜日、瑠花の家に遊びに行った。
冬の、乾燥した風の吹く日だった。
瑠花の家の近くにある、古い教会を建て直して作られたグループホーム。
そこに住む高齢者の方々も寒さに堪えているようだった。
私と瑠花は公園で遊んだ後、家でお昼ごはんとして天ぷらうどんをごちそうになる。その後瑠花の母親が出かければ、私たちは瑠花の部屋に入ってゲームをして遊んだ。
一番の親友は鈴菜だが、瑠花との遊びはこっちはこっちで面白い。
北摩市の面白い話を聞きながらゲームで遊ぶのは新鮮で面白かった。
剣術クラブ以外では中々会わない者同士ということやちょうどプレイしている
ゲームがアクションものでしかもボス戦ということで二人して時を忘れて熱中していた。
ずっとずっと熱中し続け──だから、気づくのが遅れてしまった。
一階から、焦げ臭い臭いと猛烈な熱が近づいてきていたことに
私たちが火災に気づいたのは、火災報知器のけたたましい音がなってからだった。
ちょうど、揚げかすを放置して火災になるケースがあることをテレビで見て知っていた私は
お昼の天ぷらの片付けの不良が原因かと思い瑠花と一緒に階段を駆け下りる。
──そこに、一人の男が立っていた。
青い長髪を下げ、細身の身体を不遜に立たせ。
台所から燃え上がる炎を見て、恍惚とした表情をしていた一人の男。
「……誰だ、お前は……。玄関も窓も全て鍵をかけてあったのに、どうやって入ってきた……!!」
私の問いかけに対し、男はこちらを振り返る。

「おや、これはこれは……駐車場に車がなかったから大丈夫かと思ったんだが。……そうか、まだ冬休みだったな。失念していたよ」

「ここに入ってきた方法かい? まぁ、言っても判らないだろうが教えてあげよう。私は、夕暮れの中からやってきたんだ。この家の押入れが、偶然繋がっていたからね」
その言葉を聞けば、私はすぐさま近くにあったほうきを手に取った。コイツは、「裏」から来たのだと。「剣」を持ってせねばならない相手だと直感したから。
瑠花は当然ながら何のことが判らなかったが。

「ほう、なるほど。どうやら、白髪の子は『知っている』ようだね。だが、それなら『こちら側』では君本来の力を発揮できないということも判っているだろう?」
「それはお前も同じだろう! そうやって火をつけて遊び回っているようだが、そう言う奴に限って炎に頼る以外の力を持っていない。お前をすぐに倒して、火を止めてやる!!」
瑠花はすっかり困惑している。だが状況が状況だ。ごまかすことなどできそうにない。
幸い、私は吸血鬼の力の内、吸血の他に「怪力」の一部だけは表でも使える。この時点の私でも、すでに男子高校生と腕相撲をしたって負けないくらいだ。
剣の代わりになるものがあれば、炎に頼るしかいない者など制圧できる。
瑠花には管理局の人との立ち合いの下に全てを話そう。
とにかく、火の手がどんどん猛威を増している。すぐにこの男を制圧して消火しなければ。
そう思い駆けだした私。だが、肝心なことを忘れていた。
相手は裏世界から来たもの。そう、表世界では携行しにくいものだって持ち運べるのだ。
──ダンッ!
銃弾が、私の肩を掠めた。そして、私の後ろの瑠花の足も。
「しま──瑠花っ!!」
気を取られ、つい敵に後ろを向けてしまう。それが決定打となった。
男はすぐさま私を後ろから蹴り飛ばし駆け出す。そして、動けなくなった瑠花を捕らえ。その身体に、ファンヒーター用の灯油をかぶせたのだ。

「まだまだ未熟だね。だが、敵に恐怖を与えようとするその眼光の鋭さは大したものだ。──本来なら、私は犯行現場を目撃した者を生かしはしない。だが、少し面白いことを思いついた」
そう言うと、男は今しがた私たちを撃った拳銃を私の方に投げてよこす。

「私が憎いか? ならば報復するチャンスを与えよう。──それで私を撃ち抜くがいい」
男の言っている意味が判らなかった。しばし呆然としている私をよそに、男はチャッカマンを取り出し瑠花に向ける。
灯油をかぶせられた状態で火種を向けられた瑠花は、足の痛みもありすっかり動けなくなってしまう。

「もちろん、制限はかけさせてもらう。今から私が三つ数える。その間に君が引き金を引ければ君の勝ち。出来なければ、この女の子は火だるまだ。単純明快、判りやすいゲームだろう? では、始めよう」
私はすぐさま拳銃を手に取る。瑠花を助けたい、その一心で。
だが──
──ズシン
重い。あまりに、重い。
質量的な重さもそうだが……なにより足から血を流す瑠花を見て、その重さが際立つ。
今私が手にしているものは「そういうもの」なのだと、否が応でも脳に響いてくる。

「一つ」
上がらない。腕が上がらない。カタカタと手が震える。心臓がバクバクと言ってくる。
それでも瑠花を助けたいという想いが、少しずつ腕をあげる。
銃口が、男の頭を向く。人差し指が、トリガーにかかる。

「二つ」
カウントが進んでいく。やれ、やるんだ。やらなきゃ瑠花は殺される。
──撃てない。重い。引き金にもう指がかかっているのに。私の力なら、難なく引けるはずなのに。

「三──」
「あああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
銃声は──
鳴らなかった。
私の指は、「殺す」ことを選択できなかった。

「君がそれを引ければ、私はそこから発する『恐怖』に敬意を抱き、そのまま散っても良かったのだがね。
残念だが──フルカウント、だ」
私の目の前の光景が、赤くなった。
悲鳴が聞こえる。
助けを懇願する叫びが聞こえる。
私の名を叫ぶ声が聞こえる。
男の嗤い声がそれらに混じる。
私の後ろで燃え上がる火の手が台所を焼き尽くし、
更に猛威を増してリビングを焼き始める中で。
反比例的に、全ての声が消え失せた。
瑠花の家がどんどん燃えていく。よそから悲鳴が聞こえてくる。
乾燥した風が強く吹いていた日だ。火炎がよそまで燃え移っているのだろう。
呆然とする私に、男が近づき。いともたやすく拳銃を取り返して、言った。

「かわいそうに。怪奇を殺す術は教えてもらっても、心構えまでは教えてもらえてなかったようだね。これから人生を生きていく君に、一ついいことを教えてあげよう」

「殺らなきゃ、殺られるよ」

「ではさらばだ。いつもなら火事を起こすだけでいいのだが、今回は用事があるんだ。出来る限り混乱を大きくしなくてはいけないからね」

「君のことは特別に生かしておいてあげよう。私はこれから失われた半身を取り戻す。もはや管理局の連中など恐れる必要はない。せいぜい私のもたらす『恐怖』を喧伝したまえ」

「君はその程度のことしかできない──子供なのだから」
燃え盛る炎の中、黒焦げになった瑠花の死体の横で。
私はただ泣きはらすことしか出来なかった。
そして──その時。一つの、声が聞こえた気がした。
「憎いか? 友を奪った者が」
「憎いか? 不正義を見ながら、何も出来ぬ身が」
「ならば我が手を取れ。お前に『皇帝をもひれ伏させる恐怖の力』を貸してやろう」
「無論、相応の対価は貰っていくがな」
──直感で、理解した。おそらく、この手を取ってはいけないのだろうと。
だが──瑠花を殺し、笑いながら去っていったあの男を、私は到底許せなかった。
裏世界に居る神秘犯罪者なら、管理局に居ればいつか必ず再開する。
その時に、必ず殺す。私は強く決意した。
「では、必要な時に余の名前を呼ぶがいい」
「我が名は、ヴラディスラウス。血塗られし杭にて咎を砕く、竜にして悪魔なり」
私の魂の中に、私とは違う存在が入っていくのを感じていった。
火災の火は当時吹いていた冬の乾燥した風により複数の家を巻き込んでいき、十数人を超える死者と大やけどの後遺症患者を生み出すこととなった。
発生当初は放火すら疑われたのだが、監視カメラなどの映像から不運な事故だったということで結論付けられる。
その火災現場はやがて整理され、今では新しく家も経っているのだが……
裏世界の一部では、焼け落ちたばかりの凄惨な光景が広がっている場所がある。
私のトラウマを裏世界が読み取って作り上げたかのような場所。
私と似たように火災によって奪われた数多の魂が寄り集まって生まれた「業」が、しばしの間根城にしていた場所。
石神井ニュータウン - 火災現場跡
この記録を記した今日の時点でも、その焼け跡は色濃く残っている──