RECORD
Eno.361 ジャンヌ土岐マリアムの記録
ハンバーグサンドの思い出
瑠花を失ってからの私は、ずっとギスギスしていた。
大切な親友の一人を奪った男への怒りと、それを許してしまった自分への怒り。
その怒りは、きっと私が内に宿したヴラディスラウスによって増幅もされていたのだろう。
瑠花の死のことを、誰にも相談できなかったのもある。
両親や兄様、管理局の人達にも相談できなかった。
それもヴラディスラウスのせいだ。
まがりなりにも管理局の入局を目指す人間が、怒りのあまり悪魔との契約に手を出したなどと知られればどうなるか判ったものじゃない。
……この時にメタフィジカという概念を知れていれば、色々変わった可能性はあったのだが。
誰にも話せずただ内々に怒りを溜めている中で、私の心は荒んでいく。
剣術や異術の訓練は、「誰かを守るための訓練」から「あの男を殺すための訓練」となる。
剣術クラブでの戦い方は粗暴なものになり、先生から何度も指導を食らう。
学校でもその怒りは抑えきることが出来ず、ケンカも何度も起こした。
当然、私は段々周囲から浮いていくことになる。
それがハッキリ判ったのは、夏休み前の時だった。
みんなが思い思いの遊び先を話す中……誰も私に話しかけてこなかった。
唯一、私を気にかけた鈴菜が私を誘おうとし、他の子たちに説得を試みたが……私は、それを要らないと叫んでしまった。
判ってる。ただの意地だ。大切な親友の一人を殺され、悪魔との契約にまで手を出し。
そんな私が浮いてしまうのは当然だ。それに「お情け」をかけられるのが、当時の私にはガマンならなかったんだ。
それなのに……私は、その時の鈴菜の悲しそうな顔を直視できなかった。
「お情け」なんて要らないと叫んだのに。それならそれで、そんな鈴菜の顔なんて嘲笑すればよかったのに。
それがどうしても出来なくて、私はそのまま逃げるように帰ってしまった。
私の小学生最後の夏休みは、最悪の始まりを迎えてしまった。
家に帰った後、私は自分の部屋にこもる。
何もかもイヤになった。このまま消えてしまえればどんなに楽だろうと思えた。
けれど、それすらも許せない。
「あの男を殺す。それまでは死ねない」
そんな気持ちが膨れ上がる。
消えたい気持ちと、泥を啜ってでも生きたい気持ち。
二つが交錯して、結局何も出来ないままでいる。
成績表を両親に渡し、それを褒められても何も響かず。
その後鈴菜が家に来たとメイドから伝えられれば「追い返してくれ」と言うだけだった。
日が変わり、太陽が昇る。
体調不良だとウソをついてラジオ体操をサボり、昼過ぎまで部屋にこもる。
余りの不甲斐なさに自分のことが心底嫌いになりそうになっていく。
だが……まさに、その時だった。
「マリー! 部屋にこもってるんでしょ! 今からそっちに行くから覚悟しなさい!!」
鈴菜の叫び……というか、もはや怒号に近い声が聞こえてきた。
メイドの制止すら振り切って階段をダダダダダンと駆けあがり、私の部屋のドアを開けようとする。
「ナマイキに鍵なんてかけてんじゃないっての! メイドさん! 屋敷のマスターキーお願いします! マスターキーがないならハンマーを『マスターキー』にしますから!!」
メチャクチャな言い分の前にメイドはすぐさまマスターキーを持ってきてそれを使って私の部屋のドアを開けた。
鍵が開く音がした0.1秒後。バァン!という音と共に全開になったドアの向こうに、鈴菜が仁王立ちしているのが見えた。
「鈴菜……? 何やって──もぐぉっ!!」
一瞬だった。戸惑いながらも話す私の口に、鈴菜が持ってきたサンドイッチをぶち込まれたのだ。
そう、「ぶち込まれた」。そんな言い方しか出来ないような感じで。
私の口の中に、サンドイッチの味が広がっていく。
柔らかなパンにハンバーグとレタスだけが挟まれた、簡素なハンバーグサンドイッチ。
私はそれをなんとか噛んで呑み込んでいく。
「何するんだよ、鈴菜……」
「味は?」
「へ?」
「味の感想。せっかくお姉さんが作ってきたサンドイッチ、まさかなんの感想もなしに食べようなんて思ってないよね?」
「お姉さんって……4カ月しか違ってないだろ、私たち」
ツッコミ入れつつ、いきなりぶちこまれた恨みもあったので少し辛辣に言おうと思い、感想を考える。
「すごいことになってるよ。ハンバーグは焼きすぎで脂が出きってパサパサ、野菜はレタスだけだし食パンなんて水分吸って湿ってる。
熱いの挟んでそのまま持ってきただろ」
出来る限り辛辣に言ってやろうと思った。
けれど、そこまで述べたところで──自分でも意識しないままに、ポロ、と口から言葉がこぼれた。
「……けど……どの店のハンバーグサンドよりも、ずっとおいしくて……絶対に忘れられない味になりそうだ……」
その言葉を聞いた鈴菜は、満面の笑みとドヤ顔を浮かべて。
「良かった……間に合った」
と安堵したのだった。
「美味しいもの食べたら元気出るでしょ? 瑠花ちゃんが死んでから心がささくれ立つのも理解はするけど……
そう言う時こそ、ちゃんと食べるもの食べて元気出しなさい?」
鈴菜が笑顔で優しく、そして厳しく紡いだ言の葉。
口の中に広がるハンバーグサンドの味。
それらを前にすれば……私は
「……ごめん」
と謝ることしか出来なかったのだった。
その後、私は鈴菜に連れられて謝罪行脚を強行させられる。
友達の家を回って頭を下げさせられ、夏休みの間一緒に遊ぼうと約束する。
剣術クラブに赴き、師範と師範代、クラブの仲間たちに何度も頭を下げる。
師範代が「ちゃんと反省してるかどうか見てやる、一本戦え」と言って来ればそれも受けて。
粗暴な戦い方ではなく、きちんと騎士道に則り、「誰かを守るための剣」としての戦いをしようと心がけ。
それでも師範代に勝つことは出来なかったが、試合終了後、
「ようやっと帰ってきたか、じゃじゃ馬娘。これなら鍛えがいがあるってもんだ。しっかり指導してやるから覚悟しとけよ。……おかえり、マリー」
と言ってもらえるようになったのだった。
季節が廻り、その年のクリスマスを迎える。
私と鈴菜は、二人そろって洗礼を受けた。
そして……そのために教会に集まっていた土岐家日坂家の面々を前に、私たちは提案した。
双百合女学院に進学したいということ。
バディという制度のある学校で、お互いかけがえのない存在と共に学んでいきたいということ。
鈴菜は、いじめから自分を守ってくれたこと。
私は、あの日のハンバーグサンドのこと。
それらが、お互いを「バディ」として結び付けられる強固な絆なんだと。
それらを聞いた両家の両親は……その進路選択を快諾してくれた。
そして、私たち二人は冬休みの間も一緒に勉強し続けて。
共に、双百合女学院の門をくぐることを許されたのだった。
同時期、神秘管理局の方から打診が来る。
「君の剣術と吸血鬼の神秘の扱いは、学生協力者として十分働ける領域に達している。
双百合女学院に来るのなら北摩市に行くのだろう? あそこは常に人材不足なのだ。
……新たな地にて、君の活躍を期待する」
こうして、私は小学校を卒業し。そして、新たなる地にて、中学生活をスタートさせたのだった。
大切な親友の一人を奪った男への怒りと、それを許してしまった自分への怒り。
その怒りは、きっと私が内に宿したヴラディスラウスによって増幅もされていたのだろう。
瑠花の死のことを、誰にも相談できなかったのもある。
両親や兄様、管理局の人達にも相談できなかった。
それもヴラディスラウスのせいだ。
まがりなりにも管理局の入局を目指す人間が、怒りのあまり悪魔との契約に手を出したなどと知られればどうなるか判ったものじゃない。
……この時にメタフィジカという概念を知れていれば、色々変わった可能性はあったのだが。
誰にも話せずただ内々に怒りを溜めている中で、私の心は荒んでいく。
剣術や異術の訓練は、「誰かを守るための訓練」から「あの男を殺すための訓練」となる。
剣術クラブでの戦い方は粗暴なものになり、先生から何度も指導を食らう。
学校でもその怒りは抑えきることが出来ず、ケンカも何度も起こした。
当然、私は段々周囲から浮いていくことになる。
それがハッキリ判ったのは、夏休み前の時だった。
みんなが思い思いの遊び先を話す中……誰も私に話しかけてこなかった。
唯一、私を気にかけた鈴菜が私を誘おうとし、他の子たちに説得を試みたが……私は、それを要らないと叫んでしまった。
判ってる。ただの意地だ。大切な親友の一人を殺され、悪魔との契約にまで手を出し。
そんな私が浮いてしまうのは当然だ。それに「お情け」をかけられるのが、当時の私にはガマンならなかったんだ。
それなのに……私は、その時の鈴菜の悲しそうな顔を直視できなかった。
「お情け」なんて要らないと叫んだのに。それならそれで、そんな鈴菜の顔なんて嘲笑すればよかったのに。
それがどうしても出来なくて、私はそのまま逃げるように帰ってしまった。
私の小学生最後の夏休みは、最悪の始まりを迎えてしまった。
家に帰った後、私は自分の部屋にこもる。
何もかもイヤになった。このまま消えてしまえればどんなに楽だろうと思えた。
けれど、それすらも許せない。
「あの男を殺す。それまでは死ねない」
そんな気持ちが膨れ上がる。
消えたい気持ちと、泥を啜ってでも生きたい気持ち。
二つが交錯して、結局何も出来ないままでいる。
成績表を両親に渡し、それを褒められても何も響かず。
その後鈴菜が家に来たとメイドから伝えられれば「追い返してくれ」と言うだけだった。
日が変わり、太陽が昇る。
体調不良だとウソをついてラジオ体操をサボり、昼過ぎまで部屋にこもる。
余りの不甲斐なさに自分のことが心底嫌いになりそうになっていく。
だが……まさに、その時だった。
「マリー! 部屋にこもってるんでしょ! 今からそっちに行くから覚悟しなさい!!」
鈴菜の叫び……というか、もはや怒号に近い声が聞こえてきた。
メイドの制止すら振り切って階段をダダダダダンと駆けあがり、私の部屋のドアを開けようとする。
「ナマイキに鍵なんてかけてんじゃないっての! メイドさん! 屋敷のマスターキーお願いします! マスターキーがないならハンマーを『マスターキー』にしますから!!」
メチャクチャな言い分の前にメイドはすぐさまマスターキーを持ってきてそれを使って私の部屋のドアを開けた。
鍵が開く音がした0.1秒後。バァン!という音と共に全開になったドアの向こうに、鈴菜が仁王立ちしているのが見えた。
「鈴菜……? 何やって──もぐぉっ!!」
一瞬だった。戸惑いながらも話す私の口に、鈴菜が持ってきたサンドイッチをぶち込まれたのだ。
そう、「ぶち込まれた」。そんな言い方しか出来ないような感じで。
私の口の中に、サンドイッチの味が広がっていく。
柔らかなパンにハンバーグとレタスだけが挟まれた、簡素なハンバーグサンドイッチ。
私はそれをなんとか噛んで呑み込んでいく。
「何するんだよ、鈴菜……」
「味は?」
「へ?」
「味の感想。せっかくお姉さんが作ってきたサンドイッチ、まさかなんの感想もなしに食べようなんて思ってないよね?」
「お姉さんって……4カ月しか違ってないだろ、私たち」
ツッコミ入れつつ、いきなりぶちこまれた恨みもあったので少し辛辣に言おうと思い、感想を考える。
「すごいことになってるよ。ハンバーグは焼きすぎで脂が出きってパサパサ、野菜はレタスだけだし食パンなんて水分吸って湿ってる。
熱いの挟んでそのまま持ってきただろ」
出来る限り辛辣に言ってやろうと思った。
けれど、そこまで述べたところで──自分でも意識しないままに、ポロ、と口から言葉がこぼれた。
「……けど……どの店のハンバーグサンドよりも、ずっとおいしくて……絶対に忘れられない味になりそうだ……」
その言葉を聞いた鈴菜は、満面の笑みとドヤ顔を浮かべて。
「良かった……間に合った」
と安堵したのだった。
「美味しいもの食べたら元気出るでしょ? 瑠花ちゃんが死んでから心がささくれ立つのも理解はするけど……
そう言う時こそ、ちゃんと食べるもの食べて元気出しなさい?」
鈴菜が笑顔で優しく、そして厳しく紡いだ言の葉。
口の中に広がるハンバーグサンドの味。
それらを前にすれば……私は
「……ごめん」
と謝ることしか出来なかったのだった。
その後、私は鈴菜に連れられて謝罪行脚を強行させられる。
友達の家を回って頭を下げさせられ、夏休みの間一緒に遊ぼうと約束する。
剣術クラブに赴き、師範と師範代、クラブの仲間たちに何度も頭を下げる。
師範代が「ちゃんと反省してるかどうか見てやる、一本戦え」と言って来ればそれも受けて。
粗暴な戦い方ではなく、きちんと騎士道に則り、「誰かを守るための剣」としての戦いをしようと心がけ。
それでも師範代に勝つことは出来なかったが、試合終了後、
「ようやっと帰ってきたか、じゃじゃ馬娘。これなら鍛えがいがあるってもんだ。しっかり指導してやるから覚悟しとけよ。……おかえり、マリー」
と言ってもらえるようになったのだった。
季節が廻り、その年のクリスマスを迎える。
私と鈴菜は、二人そろって洗礼を受けた。
そして……そのために教会に集まっていた土岐家日坂家の面々を前に、私たちは提案した。
双百合女学院に進学したいということ。
バディという制度のある学校で、お互いかけがえのない存在と共に学んでいきたいということ。
鈴菜は、いじめから自分を守ってくれたこと。
私は、あの日のハンバーグサンドのこと。
それらが、お互いを「バディ」として結び付けられる強固な絆なんだと。
それらを聞いた両家の両親は……その進路選択を快諾してくれた。
そして、私たち二人は冬休みの間も一緒に勉強し続けて。
共に、双百合女学院の門をくぐることを許されたのだった。
同時期、神秘管理局の方から打診が来る。
「君の剣術と吸血鬼の神秘の扱いは、学生協力者として十分働ける領域に達している。
双百合女学院に来るのなら北摩市に行くのだろう? あそこは常に人材不足なのだ。
……新たな地にて、君の活躍を期待する」
こうして、私は小学校を卒業し。そして、新たなる地にて、中学生活をスタートさせたのだった。