RECORD

Eno.361 ジャンヌ土岐マリアムの記録

悪魔、顕現

油断した。完全に油断した。
もう反撃能力を失い気絶していると思っていたのに。
全て啓真の演技だった。コイツは、私の攻撃が通じると見るやそれがテキメンに効いたと見せかけて、その間に回復と攻撃準備をしていたのだった。

鈴菜と私の二人は啓真が作った炎の結界の中に、啓真と共に閉じ込められる。職員の人達は助けようとするが結界を破壊出来ない。

「地獄の番犬、ケルベロス。多頭であり炎を扱う者同士と言うことでカークスとは相性が良くてね。『ゲリュオンの牛』以上にその性能を引き出せるんだ。今のように一瞬しか召喚出来ないが、攻撃力は折り紙付きだ」


余裕綽々で話し続ける啓真。その腕には再び炎が沸き上がる。

「どのような攻撃であれ、そこには必ず『敵対者に与える恐怖』を宿すものだ。カークスは恐怖をまき散らす存在であったがため、それを吸収し防護とし続けることが出来るのだが……まさか、『吸収量を超える恐怖』を宿した攻撃でそれを突破するとはね。四年前・・・に比べ、大きく成長したようだ」

「その『恐怖』……どこまで高めていけるかな?」



啓真の腕に蓄えられた炎が、私と鈴菜に襲い掛かる。
刹那、鈴菜が私を突き飛ばした。それによって後退した私は、炎のもたらす強風によりさらに鈴菜から距離を取らされる。

炎を一人その身に受けた鈴菜だが……その身体に、火傷はなかった。

「良かった……私一人だけなら、なんとか耐えられる……!」


鈴菜の治癒術が発動していた。今、この場は神秘率がかなり上昇している。鈴菜の治癒術は、自分一人だけならなんとか炎の猛威にすら耐えきれるレベルとなっていた。
もっとも、抉られた足先を再生するのにはそれでもかなり時間がかかるようなのだが。

しかし、安堵もつかの間。今この場は啓真が展開した炎の結界の中だ。
私と鈴菜は、結界の中で自在に操られる炎により作られた炎の半球の中に別々に閉じ込められてしまう。
これではコウモリに変身して空を飛び鈴菜のところに行くことも出来ない。

最悪の状況なのは誰の目にも明らかだった。
私は周りの炎を払おうとするが、叶わない。

「無駄だよ。彼女の周りにはかなり高密度に炎を張り巡らせてある。今の君でも払うにはかなりの時間がかかるはずだ。君ほどの『恐怖』を放てない他の職員ならなおさら、ね」



啓真がそこまで語れば、やつは更に鈴菜を覆う火球からまたも鈴菜を焼こうとする炎を噴出させた。
だが、それすらをも鈴菜は耐えきる。……だが、このままではじり貧だ。
職員の人達のうち、動ける者が救援を呼びに行く。人質だった人たちを物陰に休ませ、残った職員の人達が結界に攻撃を加える。

「白髪の君。マリー、と呼ばれていたかな。あの時と同じように、ゲームをしようじゃないか。私は鈴菜くんを焼こうと試みる。彼女の回復能力が、君が周りの炎を打ち破るか管理局の職員がこの結界を打ち破るまで続けば君たちの勝ち。だが、そうでないならば……マリー。君は、あの時の再演・・・・・・を見ることになる」

「さぁ、見せてくれたまえ。この状況下で、君は、その炎を吹き飛ばすだけの『恐怖』をひねり出せるかな? それとも……もう一度焼死体を前にするまでよりよい『恐怖』をだせないままかな?

「啓真……キサマ……!!」


私の怒りが頂点に達する。

だが──そんな私を引き戻す言葉が聞こえた。冷静さを失わない、鈴菜の声が。

「やれるものなら、やってみなさい……!」

「鈴菜……!?」

「ほう……」


「これだけの神秘が周囲にあれば、あなたの出す炎なんて喰らうと同時に治癒術を行い続ければ必ず耐えきれる。

抉られた足を回復するのは相当時間がかかるけど……管理局の応援が来てこの結界を崩すことが出来れば、絶対に形勢逆転できる!」

それまで私は耐えきって見せる! ……四年前みたいに、絶対にマリーを一人ぼっちになんてさせはしない!!



「鈴菜……!!」

「面白い。それでは見せてもらおうじゃないか」

「君の覚悟と実力が、君の吐いた言葉に相応しいものかどうかをね!!」



啓真の炎が鈴菜を襲う。
鈴菜はしっかりとそれに対処する。おそらくきっと、このまま待ち続ければ本当に鈴菜は耐えて見せるだろう。それだけの実力が、鈴菜にはあるのだから。
そして結界に対処できた時点で、私が再度全力をもって啓真を叩き潰す。
それでハッピーエンドだ。
私は鈴菜を信じて待てばいいそれでいいのか?

──私の心に、不安がよぎる。
万一のことがあったら……私は、また、瑠花の時に見たもの・・・・・・・・・を、また……!

「娘。我が名を呼べ。『顕現せよ』と付け加えてな。『対価は貰うが』、余であれば確実に貴様が殺したいと願うあの男を殺せる」



私の脳裏に、映像がよぎる。
かつて、多くの者がヴラディスラウスを呼び出し、復讐を果たし、しかしその代償として復讐相手を殺すと同時に召喚者の大事なものまで死なせた映像。
おそらくは……それが、この悪魔の本来の力と差し出すべき対価なのだろう。

当然ながら、私の理性は拒否をする。啓真を殺せたところで鈴菜を失う訳にはいかない。失いたくない。
だが──

「──ぐ、……くぅ、う……!!」


炎に耐える鈴菜の呻きが聞こえてくる。感情と不安とが、だんだん心を塗りつぶしていく。

鈴菜が死んだら、私はその時全力をもってこの悪魔の名前を呼ぶだろう。
だがそうなれば、鈴菜を失い完全に心のリミッターが外れた状態でこの悪魔の名前を呼ぶことになったなら……

ダメだ、考えるな。鈴菜を信じろ。

いやだ、鈴菜を失いたくない。

けど──!
でも──!!

目まぐるしく葛藤が続く私の目に、聖水剣が映った。


(……そうだ、私は祈りの力をもって悪魔の力を制御し続けてきたダンピールじゃないか)
(ならば……この悪魔の力も、きっと制御できるはずだ……!!)

(ダメだ、惑わされるな! 相手は強大な悪魔。制御できるなんて甘い考えは捨てろ。鈴菜を信じ──)

(けれど、このままじゃ鈴菜が死んでしまうかもしれない。もうたくさんだ、瑠花の時のような死にざまを鈴菜にさせたくない!! そんなのは見たくない!!)

(違う、私がすべきは鈴菜を信じること──)

(──ダメだ、鈴菜を……信じ、きれない……)
(違う……鈴菜を信じ切れないんじゃない……私は……私は……!!)

「あの男を、殺したい──それが、私の願いだ……!!」



私は、制御して見せるダメだ、その力を使うな
そして必ず、鈴菜を助ける鈴菜を殺すことになる
そして、啓真を殺して見せる!!啓真だけで済むはずが──

「ダマレ、ダマレ! ダマレぇっ!! 私は、あの男を殺すんだ! 今、この場で!! だから、だから──!!」

「わが心に応えろ! 我が憎しみの先を蹂躙しろ!! 我が願いの下──」






「お前の願い、しかと受け取った。では、始めよう」



完全に顕現し、その姿を現したヴラディスラウス。彼が指を一つ鳴らした瞬間──

──バシュゥッ!!

一瞬にして、私の周りの炎が消えた。いや、私の周りだけじゃない。
鈴菜の周りの炎も……いや、炎の結界そのものが消えていた。

「──! それは……! その、『恐怖』は……」


啓真が喋ろうとした、その瞬間。

ザシュ! ザシュザシュザザザザザザシュゥウっ!!

ヴラディスラウスの放った炎を纏う斬撃の嵐が啓真を襲った。啓真はその斬撃を受け、吹き飛んでいく。

「くく……ははは、ハハハハハ!! 素晴らしい……なんという『恐怖』! 『カークスの鎧』が弾け飛ぶんじゃないかと思ったぞ!!」


興奮する啓真。

「ほう、耐えきるか。いや……攻撃を受ける度に防護を回復しているのか。
なるほど、そこの小娘が受けた傷を回復するのであれば、貴様は『恐怖』を使い、攻撃を受けてほころびた防護をその都度修復しているのだな。ならば、これはどうだ?」


ヴラディスラウスが再び指を鳴らす。

──バシュっ! バシャァアンっ!!

今度は毒の水が啓真を包んだ。この毒の水は、おそらくヴラド三世が焦土作戦時に井戸に毒を投じたことから来ているのだろう。
オスマン帝国に補給を断念させた「毒の水」は、継続的に啓真の身を毒に浸す。啓真はそれをカークスの鎧で耐えていくが……

「それで終わりと、思ってはいるまいな?」



先ほど出した炎の斬撃が水に重なる。急激に熱せられた水は沸騰し、そして──

──ドンッ! バシュ、スガォオオンン!!

水蒸気爆発を起こしながら啓真に斬撃と爆撃を同時に繰り返し続ける。

その破壊力たるや相当なもので、啓真を吹き飛ばした先にある裏世界のビルが崩れかけたほどだ。──それに管理局職員の一人が巻き込まれそうになったほどの。

だが──啓真はまだ生きている。

「その防護……小娘ごときに貫かれたから大したことはないと思っていたが。どうやら、本気で守る気になれば中々のものになるようだな。だが、その状態でも……これは防げまい?」



瞬間。啓真の足元から一本の血塗られた杭が出てきた。それは啓真の身体を掠めた程度だったが……なのに、啓真の身体は深く傷ついた。

ヴラディスラウスが、イヤな笑顔を浮かべる。

「やはりな……ならば、その防護を崩すには。『あの都』を再現させるのが一番か



刹那。私の脳裏に凄まじい風景がよぎった。

これが、もしかしたら今からヴラディスラウスが使おうとしている技か?
冗談じゃない、こんなものを使わせたなら──

「やめろ、ヴラディスラウス! それだけは絶対に使うな!!」



──怒りに満ち満ちていた私の顔が冷めていく。顔面蒼白になる。
だが、ヴラディスラウスは止める気配を見せない。

私は聖水剣を持ち、ヴラディスラウスに斬りかかったが──
悪魔は、聖水剣を止めて見せた。ただの、片手で。
そして──絶望をもたらす言葉を、口にした。

「──娘、しかと見ていろ。悪魔を自分の意のままに使役する、その代償を」
「現れよ。我が至高の恐怖を示す街。トゥルゴヴィシュテ!」