RECORD

Eno.96 加瀬秋日佐の記録

帰省4


年始昼の飲み屋は既に賑わっていて、この時間から店が開いている理由も自然と納得されるくらいだった。
気楽にグラスをぶつけて乾杯すれば、喧噪に負けないようにそこそこの声量の会話を交わす。

「何年ぶりやっけ?お前から連絡もらうん久しぶりすぎてウケたわ」
「え~少なくとも三年以上前やろ。その辺からガッコ忙しかったし」
「大学院生様は大学生時代もお研究にお忙しの大真面目って?」
「そらな?」

昔馴染みのもっとも付き合いの長い友人。家が近所で、自分たちよりも親たちの方が仲が良い程度。
そんな友人に声を掛けようと帰省の前から決めていた。
正月なんてそこそこ忙しい時期、突然の呼び出しに応じてくれるくらいのフットワークの軽さがあって良かった。

「や、お前の話する機会あったから。久しぶりに会えんねやったら会お思うて」
「は?俺の話って、何?」
「めっちゃアホな奴がダチにおるって」
「うっさ。お前もアホやんけ、ボケ」

やや口の悪い軽口の応酬は友人に対する気安さが十分に滲んでいる。
数年ぶりであっても変わらぬ空気は身に馴染むものだった。

「そっちは新社会人の一年目やろ。どやった」
「せやん。お前知らんやんな!ヤバ、ええなあ」

友人の新しい環境への愚痴、苦労話。それを肴に酒を煽る。頭がはっきりとしている。
辺りの照明も窓の外の陽光も、ただ明るく見えるだけで眩しさはどこにもなかった。
グラスが空けば別の酒を頼んで、それもまた空いていく。
そうだ、飲み下したものは己の一部になるのだったか。

「秋日佐、お前はほんま全然変わらんなあ。頭もそんなんやし」
「学生特権やからな。せっかくやから享受しとる」
「俺も正月明けそんな頭にして会社行ったろかな」
「あはは!めっちゃええやん。帰り、ドラッグストアでブリーチ買お」

冗談を吐きながら己の手を見る。違和感は特になく、軽く息を吐いてまたグラスに口をつける。
目の前の友人もまた、笑いながら追加のオーダーを通している。

「お前ってこれから先もずっと東におるん」

ただの興味でしかない問いは間違いなく友人の距離感。
同い年の友とはこのようだったかと、何か懐かしく感じる。

「おるんちゃう?俺の専門ってあっちやし」
「親反対せん?」
「せんなあ。好きにしいって」

ええなあ、と続く話は親が子を案じるが故のもの。子からすれば時折煩わしくも覚えるのだろう。
当然あるものではないけれども、持つものはそれを持ち合わせない己を知ることなどできないのだから。
けれどもこの男もそれを持つ側だったから、相槌はいささか肯定に寄った。
げんなりとした声を笑い飛ばせば一息ついて、再び元の話に戻ってくる。

「まあでも、ほんならもう、お前ってそのまんま院の先?進むん」
「多分な」
「多分て?」
「将来なんかどうなるかわからんし」
「お前それで生きれとんの、恵まれとんで」

否定する理由はどこにもない。だからこその苦労、なんてふざけたことをほざくつもりさえもなかった。

「そ。ほんまに恵まれとる」

今の己に何の不満があるだろう。
望むままに欲しいものに手を伸ばして、掴んで、食らって。
その結果で何が壊れたとしても、それを不幸だなどと思わない。

な、せやろ?

「あ。なあ」
「何?」

男はまたグラスを空にする。
全てを飲みこんで、なくしてしまう。

「今、俺の目って何色?」

友人は訝しげに眺めて、それから口を開いた。

「普通に、黒」

店の何処かで、一際大きな笑い声があがった。