RECORD
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―― 大学に必要なお金が足りない
心音のところへアルバイトに入るようになったのはそれが理由だった。
それがなければ、アザーサイドコロニストで受け持った仕事くらいで充分生活費が稼げていた。
大学に入る気がなかったから、それでいいと思っていた。
けれど。ここの皆ともう少し居たい。生物についてもっと知りたい。
専門的な勉強をしてみたい。
……まさか、自分が勉強したいなんて思うようになるとは思わなかったな。
それでも資金面の問題はかなり厳しい。
そのためにいくつか解決策を心音から聞いていた。
無難なものが2つ。危険なものが1つ。
奨学金を申請する。
これは一番無難で現実的な方法。
花月家から立て替えてもらい、出世払いで返していく。
奨学金と違って、昔からの付き合いがある人からお金を借りる、これも無難な方法。
それから。
親と、殺人未遂で裁判すること。
下手をすれば死にかねない、かなり危ない綱渡り。
親のことを正しいと思うならば、法廷で社会的な判決を下してもらえればいい。
それで親が有罪となったのであれば、それは社会的に、秩序的に間違っていることだ。
心音はそう俺に説いていた。
合理的で、復讐にもなって、金銭面の問題もなくなる。
命がけになること以外は……非の打ち所がないほど、冴えたやり方だと思う。
きっと。一緒に暮らしたあの3日間がなければこの手段を選んでいた。
>>8143101
「……してもいい、とは今も思ってる。
選択肢として合理的で、復讐としても法を利用するから
社会的に見ても何も間違ってはいない」
けれど、と。
逆説の言葉が続いて。
「…………アヤメが、凄く俺のことを大切にしてくれて。
アヤメと一緒に暮らしたみたいなあの3日間が、凄く暖かくて。
お前のために生きるって約束して、
それで死にに行くような真似をすることにどこか抵抗があって」
「…………それで。
同じなんだって、気がついて」
「俺がやろうとしてることは、アヤメのやろうとしてることと」
「…………同じだって、気がついたから」
→
>>8143101
「…………ごめん」
「言うべきじゃない、っていうのは分かってる。
全部全部、嘘をついて誤魔化して、そんな本心ないものとして扱った方がいいって、分かってる」
「……けど、俺だって」
「…………行かないで、欲しいよ」
いつから考えが変わったかははっきり覚えていない。
多分、ずっと早くから……それこそ、一度別れを経験して、寂しい思いをしてから。
あれだけ毎日に空白感が生まれて。何よりも大切にしていたものがなくなって。
ボロボロ泣いて、喚いて、それをずっとずっと引きずって。
それをもう一度。……もしかしたら、もう二度と戻ってこないかもしれない。
考えるだけでも恐ろしくなって。
……絶対に、耐えられない。
>>8143641
「私だって、復讐心を捨てたくない。
理不尽に奪われて、嘲られて、捨てられた過去を忘れられない。
のうのうと生き残って、私だけが生を享受してるって考えると気が狂いそうになる。
家族は、友達は、みんな死んじゃったのに。
なんで私だけ生きてるのか、意味が分からなくなる。許せなくなる」
復讐心も、自己否定も、あなたを愛する気持ちも。
全て、心の底からの本心で。全て、否定出来ないもので。
けれど、それは幸せを捨てる修羅の道。そんなの、分かりきっていて。
「……でも、それでも。
貴方が行かないでって言ってくれたのは、うれしいの。
もう復讐なんかどうでも良くなっちゃうくらいに、苦しいくらいに嬉しい。
それも、本心なんだよ」
だからこそ、欲していた言葉は嬉しくて。
同時に苦しいものでもあって、どう受け止めればいいか分からない。
それを受け入れれば、自分は何者にでもなくなってしまうから。
「だから、だからね。
復讐をやめたら、きっと私は空っぽになっちゃうけど。
それでも、行かないでって強く引き留めて欲しい。
私に、生きて良いって言って欲しいんだ。
何も出来ない私でも、それでも良いんだよって言って欲しいんだよ」
理不尽に対して何も出来なかった怒りが復讐者を生んだ。
その怒りを包み込んで、何も出来なかった自分を全て赦してくれるなら。
少しずつでも、もう一つの道を歩めると思うんだ。
「……だからね、疎外感については分かるんよ」
「すでに仲がいい子がいる。その輪の中に入る」
「馴染んでいるようでも、初めてやってきた私とは
どうしようもない過ごした時間の差がある」
「他のクラスの子が遊びに来ても、私にとっては皆初めまして」
「皆のこと、優しいなって思ってる。
皆面白くって優しくって、好きなんだよ」
「だけど、だけどね」
「私は望んでここに来たんじゃない」
「本当は転校しないで皆と一緒に進学したかった」
「ドイツに留学して、色んなことを学びたかった」
「別にこんな力が欲しいわけじゃなかった」
「どれだけ楽しくても、幸せでも、どこかで感じることがある」
「あぁ、私の居場所はここじゃないんだって」
「私は、異物なんだって。皆とは違うんだって。どれだけ些細でも、思うの」
同時に。夢を諦めさせられることが。
その当人にとって、どれだけ辛いことかも分かっているつもりだ。
自分はあの魔女と同じことを彼女に言わせられるか?
その責任の重さに。人生をかけてきたものを折ることに、耐えられるか。
……これも耐えられない。
言い出せなかったのも。ずっと本心を隠し通してきたのも。
人生をかけて成し遂げようとしているものを、自分のエゴで諦めさせたくなかったから。
真っすぐ強い芯を……俺なんかのせいで、折ってほしくなかったから。
>>8143844
「……復讐を捨てたって。
アヤメはアヤメで、俺は変わらずアヤメのことを
愛し続けるよ。
それは約束するし、絶対に裏切らない」
復讐を成し遂げても、引き留めても。
きっと……空っぽにはなってしまうのだろう。
復讐とはそういうものだ。そのために生きて、終われば何も残らない。
まるで線香花火だ。
復讐に至るまでは輝いて、復讐の間際に一際強く輝いて。
そうして。落ちて、消える。
「…………だけど」
「復讐をやめるのは……少しだけ待って欲しい。
どうにかして、お互いが本当に心から納得できる形を探したい」
例えばほんの少しだけこちらからいなくなるだけで
済ませることができるような。
あなたの命綱になるような保険を準備して臨ませるだとか。
本当にそんな術があるかなんて分からない。
けれど、分からないのが神秘ならば。
→
>>8143844
「ーー 俺は復讐を望む心も、ここで幸せになる未来も、
どっちも守りたい」
可能性は、ゼロじゃないはずだろ。
それが、どれだけ難しいことだとしても。
成し遂げて、幸せな未来を作りたいと思ったんだ。




