>>8249179
「なあに、君ももうちょっと怪奇への対応が得意になったらひとりでもどうにかできるようになりますよ」
「それまでは姉や頼ったっていいですからね」
今日のところはよく頑張りました。
RECORD
Eno.3014 ミヨの記録
抱擁の噺
「誰かに抱きしめられるのは、どんな感じ?」
「どんな?」
それを、幼い姿をした怪奇が聞いたのはもう半世紀と少し前のこと。
子を迎えに来た親が、柔らかそうな赤子を抱いていたから。塾での勉強を終えた子どもが、親の手を引いてねだっていたから。
親というものを知らずに育った怪奇には不思議でたまらなくて、同胞でもある教師に尋ねたのだった。
教え子の問を聞いた彼女の答えは速かった。
「そう、そうね、私はそれに答えるのが難しいわ、子であったことがないのですもの」
返答は「わからない」に近かった。けれど、怪奇がそれに納得するのと同時に言葉が続いた。
「でも、子でない方ならできましてよ!」
ぱ、と目の前で両腕が広げられる。それは少し前に見たばかりの光景に似ていて、怪奇は数度目を瞬いた。
師の顔は優しかった。
「もちろん親ではないけれど、あなたよりは私も大きいのだもの。
きっと少しは似ていましてよ」
広げられた拍子に、奇っ怪な取り合わせの色味をした羽織が揺れる。
幼子は己のために空けられた場所に誘われるように収まって、背に回った腕を真似て自らの手を伸ばした。
「暖かい」
「そうなの?そうなの!」
なんだかうれしそうな彼女の声も、その暖かさも。
ぎゅう、と息苦しくないくらいの力で抱きしめられて、こそばゆい感覚があった。
「きっと、抱きしめられて生まれてくるから人間は寂しがり屋さんになるのです」
「寂しがり屋さん」
柔らかく首肯の言葉が降りてくるのを聞きながら、怪奇は少し考えた。
そうして、でも、と言葉を紡ぐ。
「でも、これを知っているのはきっと良いこと」
「あなたにとってこれは素敵でしたかしら?」
「うん」
「なら嬉しいわ!」
ありがとう、せんせ。
ふわふわと気の緩んだ言葉を贈れば、くすくすと笑う声がした。
人はきっと、どこかで弱いものだと怪奇は知っている。
師の言うとおり寂しさに弱い人間もいれば、病や飢饉を越えられないこともよくあった。それでも孤独でない人は、それだけで数段強いのではなかろうか。
そんなことを考えながら、ゆるりと手をほどいて離れる。
改めて礼を言おうとして師を仰ぎ見た怪奇に、されど何かを考えていたらしい彼女が口を開くのが先だった。
「ねえあなた、私のことを姉やだと思ってくれてもよろしくてよ!」
「姉や?」
「ええ」
姉やというと、あれだろうか。童謡に出てくる人。
なぜか自慢げな顔でこちらを見ている師に対して、はて、と首を傾げた怪奇はしかし。
「なら、そうする」
至極素敵な提案に、こくりと頷いたのだった。
◆
︙
「本当に童謡と一緒でお嫁に行っていなくなった」
「不思議かも」
「どんな?」
それを、幼い姿をした怪奇が聞いたのはもう半世紀と少し前のこと。
子を迎えに来た親が、柔らかそうな赤子を抱いていたから。塾での勉強を終えた子どもが、親の手を引いてねだっていたから。
親というものを知らずに育った怪奇には不思議でたまらなくて、同胞でもある教師に尋ねたのだった。
教え子の問を聞いた彼女の答えは速かった。
「そう、そうね、私はそれに答えるのが難しいわ、子であったことがないのですもの」
返答は「わからない」に近かった。けれど、怪奇がそれに納得するのと同時に言葉が続いた。
「でも、子でない方ならできましてよ!」
ぱ、と目の前で両腕が広げられる。それは少し前に見たばかりの光景に似ていて、怪奇は数度目を瞬いた。
師の顔は優しかった。
「もちろん親ではないけれど、あなたよりは私も大きいのだもの。
きっと少しは似ていましてよ」
広げられた拍子に、奇っ怪な取り合わせの色味をした羽織が揺れる。
幼子は己のために空けられた場所に誘われるように収まって、背に回った腕を真似て自らの手を伸ばした。
「暖かい」
「そうなの?そうなの!」
なんだかうれしそうな彼女の声も、その暖かさも。
ぎゅう、と息苦しくないくらいの力で抱きしめられて、こそばゆい感覚があった。
「きっと、抱きしめられて生まれてくるから人間は寂しがり屋さんになるのです」
「寂しがり屋さん」
柔らかく首肯の言葉が降りてくるのを聞きながら、怪奇は少し考えた。
そうして、でも、と言葉を紡ぐ。
「でも、これを知っているのはきっと良いこと」
「あなたにとってこれは素敵でしたかしら?」
「うん」
「なら嬉しいわ!」
ありがとう、せんせ。
ふわふわと気の緩んだ言葉を贈れば、くすくすと笑う声がした。
人はきっと、どこかで弱いものだと怪奇は知っている。
師の言うとおり寂しさに弱い人間もいれば、病や飢饉を越えられないこともよくあった。それでも孤独でない人は、それだけで数段強いのではなかろうか。
そんなことを考えながら、ゆるりと手をほどいて離れる。
改めて礼を言おうとして師を仰ぎ見た怪奇に、されど何かを考えていたらしい彼女が口を開くのが先だった。
「ねえあなた、私のことを姉やだと思ってくれてもよろしくてよ!」
「姉や?」
「ええ」
姉やというと、あれだろうか。童謡に出てくる人。
なぜか自慢げな顔でこちらを見ている師に対して、はて、と首を傾げた怪奇はしかし。
「なら、そうする」
至極素敵な提案に、こくりと頷いたのだった。
◆
記録
「本当に童謡と一緒でお嫁に行っていなくなった」
「不思議かも」

