RECORD

Eno.187 千賀 朱明の記録

遥か懐かしい四季の刻

 

もう、三桁は前の年になる。
あいつがまだ生きていた頃。

「───そうだね、辛くないと言えば噓になるけど……」

  おれが頑張ると、みんなが幸せになるから。
 だから、これぐらいどうってことないよ」

ひとつも名前の知らない花たちに覆われながらも、
柔らかい笑みを浮かべて、こちらのことを見つめていた。

「……心配?でも、大丈夫」

「信じてるから。あなたのこと、みんなのこと」

頭に入り込んでくるような声で囁く。
何の特別な力を持たないはずの言葉が、いやに響く。

「あとは」

「あなたがどう見るかだよ」





「ごめんね。そんな顔させたいわけじゃ……なかったんだ」




     その日は、とても 蘞辛えがらい花の香がしていた。



🍂



スーツの人間が裂け目を抜けて一旦出ていき、その前でぱんぱんと二度手を叩く。


「じゃ、話を整理すっぞ」「なんでアンタが仕切ってんだ」


最初に元弟分の突っ込みは無視する。

まず、俺様や恩知らずコンビは大捕り物を繰り広げてる間に、薄い『世界の壁』を越えていたようで。
知ってるようで知らない国、その都市の一つ。北摩テクノポリスの『裏世界アザーサイド』に出てしまったらしい。

曰く、この世界や、我々の存在は神秘に分類されるものに守られている。
軽率に扱えば世を乱し、身を滅ぼす───と。つまりは牽制だ。郷に入っては郷に従えと。

正直、当て所なく住処を転々とするには少し飽きていたころだ。話に乗ってもいい。
個人的な意見も交えて掻い摘んで話し……桜色のおめでたい男女おとこおんなに指の先を向ける。


「テメエは一体どういう手品を使ったらそうなるんだ」

「おれにもわかりません」


深々と溜息を吐く。本当にいきなり押しかけておいてなんなんだ。
兎に角、なっちまったもんは仕方ないので建設的なことを考えよう。

「まあ、テメエはだいぶ特殊な代物だからな……外の世界に触れれば有り得なくはない。
 んで、原因は……ふたつ、考えられるものがあるな」


ひとつ。並行世界上の自分が二人 同じ場所にいる時、
矛盾が生じないように外見や魂そのものに変質が起きることがある。

性別、年齢、能力……個を証明するための一つの枠組みに、
二人が無理矢理入ろうとするとどうなるか。人間なら大抵片方か全員が死んで辻褄が合わされ。

元より認識によって形を変えるタイプの怪異ならば、
枠を押し拡げるように"ズレ"て、それぞれ『似ているが別の存在だった』ということになる。

「千賀さん、自分の同位体を置き土産に残していったことあるもんね。ド迷惑」

世界から追放される寸前、それを利用して否定の影響を薄めたことがあったが、
今の主題ではないのでこれも無視しておく。

「とにかく、アウェーで北摩市やらと何も関係ねえテメ~には当てはまらんだろうな」

ふたつ。こちらが本命。
そもそも怪異というのは、「女のような姿だった」とか「鳥のような姿だった」とか、
口伝に語られて姿を想像されやすい存在である。それが定着し、ある程度決まった形をとりはじめる。
勘違いか策略か、今とは違う姿で語られ、想像されて、姿や力が変質するというのも珍しい話ではない。

「最近でいうと、都市伝説ってのも一般的な言葉になってきたすよね」
「可愛げや色気を付加されて弱体化される怪異とかも今じゃ珍しくね~わな」

つまり、"その怪異"のことを知ってる人たちの世界から離れ、
そうでない世界に近づいた時───何かの拍子で一気に受ける認識が変わり、
姿かたちまでも大きく変化する、なんてことは、低い可能性ながら起き得るわけだ。

「まァ、女体化ってのも昨今じゃありがちだしな……」



頭を掻きながら呟いたところで、

「えっ」(この子も元は男の人!?)


何が何やらと放心していた林檎頭が反応を示す。

後回しになってしまっていたこの少女。どうやら、もともと表世界にいて、
何らかの拍子に裏世界に落ちて来てしまったらしい。

それで自分らと出くわすのは幸運なのか不運なのか……どっちだっていいとして。

肩を揉む。ピンク頭に射られた痛みがじんわりとした熱で覆われて軽くなっていた。
現状や陥った要因は大体整理できた。あとは、これからどうするかだ。

「なあ。名前はなんて言うんだ、お嬢ちゃん」

「……あ、あたし? あたしは……蜜奈、卯日蜜奈です。
 あの、神秘って……裏世界って、まだ全然飲み込めてなくって」

「だが、どうやらお前さんにはもう神秘とやらが宿ってるみたいだぜ?
 桃色お花畑に打たれた痛み、感じないようにしちまいやがった。心当たりないだろうけどな」

肩をぐるぐると回す。癒した、というよりかは、保温による応急処置か。
あまりにも小さな熱だが、縁も含め、使いようはいくらでもありそうだ。

見るからに困惑しつつも興味の窺える少女の様子からして、後もう一押しといったところ。

「取引をしようぜ、蜜奈ちゃん。
 これから北摩市の世話になるつもりなんだが、
 現地について知ってるであろうお前さんがいたら心強くてな。

 暫くの間、俺様と行動を共にしてくれないか?

 その代わり、礼はなんだってする。神秘の教導だってしてやれるし。
 あとは金づるか、有事の為の用心棒か……好きに扱ってくれていいぜ」

白眼視が二つ、近くから飛んできてる気がする。善は急げって言うだろうが。
仲間もつけずに知らない土地に降り立つよりか、今ここで一人引き込んでおきたい。

少女の様子を再度見ると、やや挙動が怪しい。
警戒されてるわけではないようだが、呼吸がままなってないというか……まさかこの状況で興奮している?

ただそれはほんの一瞬のことで、はっと我に帰ったかと思えば自信なさげに俯く。
無理もない。受け止め難い非日常が押し寄せてきているのだ。混乱するだろうし、心中は察して余りある。

暫く沈黙が続く。流石にすぐ答えは出せないか。

「その話。おれも一枚噛んでいいですか?」


それを見かねたか、桜頭が口を挟んでくる。
緑頭の方は一瞬目を丸くしたが、何か考えを読み取ったか静観を続けていた。

「……そんなに俺様が信用ならね〜ってか?
 ま、それに今となっちゃテメエもそのまんま帰るには不都合な身体だもんな」


「それもあるけど……どっちも実際そうなんだけど。
 でもそれ以上に、楽しそうだなって思って。

 こんな短い時間で分からないこと、知りたいことが沢山できたんだ。
 何か掴める保証はないけど……それでも、身を投じることに意味があると思うの。

 折角知らない世界の話巻き込まれてるなら、行けるとこまで見届けてみなくちゃね!」

「例えその取引が上手くいかなくても、
 ここで出会した繋がりで、一緒に動いていきましょうよ」

なんて、呑気に言ってやがる。危機感のかけらもない。
前向きなのはいいことだが、世話をする方は大変だなと緑頭に目を向けたら、こちらも意外にも乗り気そうな顔をしていた。

「……いや、俺は住みつきまではしないと思いますけどね。
 どのみち一度帰って連絡や手続きしなくちゃだし、別所の仕事もあるし……
 でも、身を投じることに意味が〜ってのは同感だな。

 よりによってあんたらが食いつくんなら、なるべく事後を整えてやるのが俺の役目ってことで」

……あの日、世界から否定されていった日から随分変わったもんだな、と思う。
今日まともな再会ともいえないような会い方をした奴らに揃いも揃って。お人好しがすぎる。

だが。そのお人好しさに感化される者もいるのだろう。丁度、そこの少女みたいに。

「……その」

「あたし、北摩市に住んでると言っても、
 皆さん以上に分からないこと、沢山あると思うんです。だから、その……」

「教えるばかりじゃなくて、学ばせてください。
 あなた達と一緒に。……そして、あなた達のことも」


迷いが少し晴れ、眩しいものを見つめる目が覗く。そして僅かばかり滲む熱の帯びた興味。

散々な一日だと思ったが、存外悪くない拾い物を得ることができたのかもしれない。