RECORD
会話ログ:人類は愚かなので帰納法を過信しがちである。
「………?」
何も無い地平の上で、一人の女子高生がぼんやりと空を見上げている。
「ここ、何…?」
微睡みからふと目が覚め、自分がおかしな空間にいることに気づく。
これは夢だろうか。少なくとも、現実感は感じられない。
「やばっ!これって明晰夢じゃ〜ん!!」
一生に一度かもしれない滅多な機会だ!うれしい!!
「でもせっかくの夢なのに何も無いじゃん…。なにか出ろ〜〜〜っ!!」
頭の中で何かを念じてみたが、なにも出ない。つまらない明晰夢だ。
そもそも明晰夢ですら無いのだが。
「いのちある人の子よ。あなたは何を望むのですか。」
か細い声が少女に尋ねる。
地平をくまなく見渡しても、声の主は居ない。
「うーん、億万長者?」
変な声の問いかけに対してそう答える。
しかし、声の反応はなかった。
「…もしかして、そういう話じゃない……?」
「永遠の命と限りある命。あなたはどちらを望みますか。」
神秘はもう一度問いかける。
主題を省略したのが悪かったと学んだようだ。
「うわ〜〜、めっちゃ悩む質問じゃん!
それはもちろん…永遠の命…って答えたくなるけど……。
人類が滅亡した後も自分だけが生き続けるって考えたら……
ある意味、死ぬより恐ろしいよね〜〜……。」
「……死に触れたいのちは。死を恐れ、忌避する。
あなたもいずれ、近い未来にそうなる。
あなたは、それでも限りある命を望むのですか。」
神秘は女子高生の回答が気に入らなかったらしく、意地でも永遠の命が欲しいと言わせようとする。
「確かにウチも死ぬのは怖いよ。
でもさ、永遠の命なんて実際ムリじゃん。
たから…うまく想像できないんだよね。
ほら、人間って道理にそぐわないモノを嫌う癖があるし。そういう事なのかも。
ウチのおじいちゃんも進化論信じてなかったし。」
「………いいえ。」
しばらくの沈黙の後、神秘が再び言葉を発する。
「永遠の命は、確かに実在しています。」
「それは、あなた自身なのですよ。
サマエルの子、シラー。」
「……???」
サマエル。神の毒。赤き蛇。
旧約聖書に登場する悪い天使の名で、ルシファーやサタンと同一視されることもある。
それが、なに?
まるで意味がわからないし、そもそも自分は不老不死ですらない。
シラーはだいぶ混乱した。
「ウチ自身が永遠の命?いやいや〜それは流石にムリあるよ〜!
うちは19世紀から代々続く普通の家系だよ〜?
おじいちゃんは心臓病持ちだし、おばあちゃんは足腰悪いし…
ウチも多分、将来そうなるんじゃないかな〜〜……?」
女子高生は茶化して言う。
不老不死で有名なサンジェルマンも後世の創作だ。
永遠の命なんてものは結局、世に存在しないのだ。
「……では、なぜ。」
「死んでもいないのに。自分が不老不死ではないと断言できるのですか。」
「それは………。」
過去に生きた人間はすべて死んでいる。
すなわち、人間はすべて死ぬ。
共通の要素から結論を導き出すこの方法を「帰納法」と言う。
人類は愚かなので、帰納法で導き出した答えが正しいと勘違いしがちである。
シラーも無論、その一人だ。
そして何より、「ではない」を証明することは何よりも難しい。
否定の証明が「悪魔の証明」と呼ばれる所以である。
「…いや、だとしても…。」
やっぱりあり得ないでしょ。シラーは思考を停止してそう答える。
もう夢から覚めるにはいい時間だ。
シラーは目を瞑り、姿なき神秘に別れを告げる。
「じゃあね。おやすみ〜…。おはよう…?」




