RECORD
Eno.107 芟花萌花の記録
𝑻𝒉𝒊𝒔 𝒄𝒐𝒏𝒄𝒍𝒖𝒅𝒆𝒔 𝑬𝒑𝒊𝒔𝒐𝒅𝒆 𝟎
北摩市に移り住んで、4ヶ月。
最近、ひとつ、気付いたことがある。
小さい頃の自分のことだ。
人見知りで、それなのにさびしがりやで、泣き虫で。
そんなどうしようもなかったあの頃の自分は、兄さんのこと、決して好きではなかったのかもしれないっていう話。
どんなに一緒にいたくても追い払われて、嫌われているのかもしれないと思うことだってあって。
でも、決して嫌いになることもできなくて。
ただ―――きっと、苦手に感じていたのだと思う。
それでも、お友達のひとりもいなかったわたしには家族しかいなかった。
もっというと、早くにお父さんを亡くしたわたしには、お母さんと兄さんしかいなかった。
ただそれだけの理由がわたしを兄さんに繋ぎ止めていた。
決して、ずっと兄さんのことが好きだったわけじゃない。
ねこたちの毛に塗れながら、クラスメイトとの会話の中、そんなことを思い浮かべた。
そんな機会でもなかったら、なかなか、昔のことって思い返すようなこともない。
そんなわたしと兄さんの関係が少しずつ変わっていったのは、やっぱり、歪に焼けた数枚のクッキーが切欠だった。
嫌われていないと知らされたようで、本当にそれがうれしかった。
きっと、わたしって単純なんだと思う。
お菓子を作る度に兄さんのことを考える。
今日も喜んでくれるかな。
どうつくったら、もっと兄さんの好きそうな味になるのかな、…って。
そうしている間に、いつの間にか、兄さんのことを考える時間が増えていく。
昔よりずっとやさしくなって、だけどちょこっと抜けていて。
そんな笑顔を思い返す時間が、増えていった。
そんな感じなものだから、
…お母さんが、いなくなって、叔母さんの家で暮らすことになってからの、2年間、
兄さんとときどき連絡を取り合うことが、どれだけ、わたしの支えになっていたか。
だから、わたしは胸を張れる。
思ってること、口にするのって勇気がいるけれど。
それでも。
兄さんのことが、わたしは、だいすきなんだって。
―――だから、

ꕤ
︙
︙
―――……、だから。
ꕤ︎︎
……
…………
………………
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大切なものが増えていく。
大切にしたいものが増えていく。
そんな、幸福な数ヶ月。

それとも、彼の言うように、我儘だろうか。
そんな中でも、いちばん大切なものが何かって、よく、わかっているつもりなのに。

︙
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"もう何も、失わないように"。
それは、黄昏の路地、手を引かれた迷子が、
いちばん最初に、願ったこと。
この世界に足を踏み入れることを、決めた理由。
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そうやって、いちばん大切なものを守れる自分になれたなら、
きっと、この体質のことも、
今まで以上に許せるようになるんだろう。
だからって、これが齎したことは消えるわけじゃない。
でも、許す、って、そういうことだと、思うから。
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そうはにかんだ視線の先、
幽霊たちの飛び回る中、

頷いてくれたように、そう、見えたのだ。
その姿に、自然と、
幼い頃に見上げた面影を、重ねていた。
最近、ひとつ、気付いたことがある。
小さい頃の自分のことだ。
人見知りで、それなのにさびしがりやで、泣き虫で。
そんなどうしようもなかったあの頃の自分は、兄さんのこと、決して好きではなかったのかもしれないっていう話。
どんなに一緒にいたくても追い払われて、嫌われているのかもしれないと思うことだってあって。
でも、決して嫌いになることもできなくて。
ただ―――きっと、苦手に感じていたのだと思う。
それでも、お友達のひとりもいなかったわたしには家族しかいなかった。
もっというと、早くにお父さんを亡くしたわたしには、お母さんと兄さんしかいなかった。
ただそれだけの理由がわたしを兄さんに繋ぎ止めていた。
決して、ずっと兄さんのことが好きだったわけじゃない。
ねこたちの毛に塗れながら、クラスメイトとの会話の中、そんなことを思い浮かべた。
そんな機会でもなかったら、なかなか、昔のことって思い返すようなこともない。
そんなわたしと兄さんの関係が少しずつ変わっていったのは、やっぱり、歪に焼けた数枚のクッキーが切欠だった。
嫌われていないと知らされたようで、本当にそれがうれしかった。
きっと、わたしって単純なんだと思う。
お菓子を作る度に兄さんのことを考える。
今日も喜んでくれるかな。
どうつくったら、もっと兄さんの好きそうな味になるのかな、…って。
そうしている間に、いつの間にか、兄さんのことを考える時間が増えていく。
昔よりずっとやさしくなって、だけどちょこっと抜けていて。
そんな笑顔を思い返す時間が、増えていった。
そんな感じなものだから、
…お母さんが、いなくなって、叔母さんの家で暮らすことになってからの、2年間、
兄さんとときどき連絡を取り合うことが、どれだけ、わたしの支えになっていたか。
だから、わたしは胸を張れる。
思ってること、口にするのって勇気がいるけれど。
それでも。
兄さんのことが、わたしは、だいすきなんだって。
―――だから、

ꕤ
「………っっ」
咄嗟に防御にはいる、も
防ぎきれず怪奇の攻撃は霊へも向かう。
「早…」
「…!萌花、怪我は?」
白いフードに隠れた顔が、ふ、と安堵の息をついた。
「俺もかすり傷だよ」
「…ほら、さっさと倒して手当しよ」
振り返り、笑ってみせた。
―――……、だから。
ꕤ︎︎
……
…………
………………
「……忘れてた、つもりじゃないんだよ」
「わたしがどうして、裏世界にいるのか、って」
「ただ、いろいろ、理由が増えちゃって。
大事なものとか、壊れないで欲しいものとか。
……わたしが、それで、どうなりたいのかとか」

「―――ほんとうに、いろいろ」
大切なものが増えていく。
大切にしたいものが増えていく。
そんな、幸福な数ヶ月。

「わたし、欲張りだよね」
それとも、彼の言うように、我儘だろうか。
そんな中でも、いちばん大切なものが何かって、よく、わかっているつもりなのに。

「……でも。
―――大丈夫だよ」
>>4557710 >>4553612
神様に。
もし、何かを願うなら。
船に流した願いも、
笹に吊るした願いも、
どちらとも本物だったけど、
自分のいちばん最初の願い事は、
今抱いてるこの気持ちだったって、
思い出すことができたから。
「……」
「……わたし」
「兄さんだけは、
……家族のことだけは、もう、これ以上失いたくないんだ」
"もう何も、失わないように"。
それは、黄昏の路地、手を引かれた迷子が、
いちばん最初に、願ったこと。
この世界に足を踏み入れることを、決めた理由。
「……」
「だから」
「そのためにも」
「…もっと」

「つよく、ならないと」
そうやって、いちばん大切なものを守れる自分になれたなら、
きっと、この体質のことも、
今まで以上に許せるようになるんだろう。
だからって、これが齎したことは消えるわけじゃない。
でも、許す、って、そういうことだと、思うから。
「……。えへへ」

「だから、これからも力を貸して欲しいな、って。
……わたし、ひとりじゃ、何にもできないままだから」
そうはにかんだ視線の先、
幽霊たちの飛び回る中、

―――甘い、甘い、香りがして。
頷いてくれたように、そう、見えたのだ。
その姿に、自然と、
幼い頃に見上げた面影を、重ねていた。


